JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





十一周目二番



 廊下はゆるやかな弧を描きながら続いている。壁には一定間隔で魔法の炎を灯した燭台がとりつけられているが、その数も多くはなく光も強くはないため、全体的に薄暗いという印象は否めない。もっとも昼間でも、明かり取りの小さな窓が壁の高い位置に穿たれているだけのこの廊下の明るさがそんなに変わるわけではないのだが。
 揺れる魔法の炎が、乾いた血の色のような暗い赤色の絨毯の上に、彼の影をゆらめかせる。その薄い、摩り減った絨毯を踏んで、ヒアデスは自身の執務室に続く廊下を歩んでゆく。薄い絨毯では靴音を吸収しきれず、広い廊下にいくぶんくぐもったその靴音が反響するその音だけが、耳に届く音のすべてだ。
 聖教府。そう呼ばれる巨大な一連の建物群の一角だ。といっても、はずれもはずれ、もっとも外周の部分なのだが。湾曲する廊下の、弧の外側はもうすぐに『女神の涙』の湖面といっても過言ではない、そういう場所だ。そこに、彼の執務室はある。
 今日の会議も長かった。長く、空虚だった。ここ数日、日没後に自分の執務室に向かうこの廊下でいつも思うのはそんなことだ。現在の《資格者》とその一行が聖都に到着して以来、連日そんな会議が続いている。が、ろくに中身のある議論などできてはいない。それはそうだろう。この聖教府は教会の中枢部だが、この聖教府で働く聖職者たちの中でも本当の意味でこの件に関わっているのはさらにごく一部だ。しかし、そうしたわずかな例外を除いた者たちも、この聖教府で働くことを許された、いうなれば「選ばれし者」としての自負があるし、教会の「本来の役目」についても、さほど正確でも豊富でもないものにすぎないにせよ、知識も持っている。となれば、《資格者》が到来した今やじっとしてはいられない、日常の業務に埋没してはいられない、と気持ちがはやるのもしかたのないところだろう。
 そうは思っても、彼らよりは深くその「本来の役目」に関わってしまっているヒアデスには、そうした者たちの会議やらなにやらは空回りにしか見えない。
(中枢部の方針からも不協和音が聞こえてくるありさまでは、そうして無害な茶番の会議でも演じているほうがましかもしれんがな……)
 小さく嘆息する。
 歩き慣れた廊下は、物思いにふけっていても構わず彼を執務室に導いてくれる。
 彼自身の指示により、警護の兵は置いていない。いつものように、扉を押して踏み込む。
 入ってすぐの部屋は訪問者を一時的に待たせておくための小部屋だが、彼がこの部屋の主人になってからはほとんどその本来の目的に使われたこともない。その奥が執務室。
「……?」
 かすかな違和感があった。ふだんならば、彼がここを使うようになってからずっとその下について働いている秘書官のマルカムがこの小部屋の壁の燭台にも魔法の明かりを灯しているはずの時間だ。
「戻ったぞ、マルカム。前室の明かりが――」
 言いながら執務室へ続く扉を開きかけて、ヒアデスは言葉を切った。
 風が吹いている。
 彼の勤務中には、執務室の窓――『女神の涙』を見下ろす、眺めの良い窓――が開かれることはない。彼の留守中にマルカムが部屋の掃除などをするときに風を通すために開かれるだけだ。風を感じる――その窓が開かれている。
 風にかすかに水の匂いが混じる。それと、それよりも濃厚な、おそらくは室内に発する血の臭い。
 暗い部屋の中に、その、窓の向こうから漏れ込む星明りを背に、人のものらしい影が浮かび上がっていた。
 扉を入ってすぐ横の壁にとりつけられた燭台に目配せする。それだけで、魔法の仕掛けは部屋の主人の意思に応じる。その燭台に火が灯り、連鎖的に、部屋中の魔法の燭台に火が灯されてゆく。明るくなった部屋の真ん中、彼の執務机に腰掛けた青年の姿に、ヒアデスの目がわずかに見開かれた。
 青年の足元には、倒れた初老の男の姿。マルカムは、護身用の小型の剣を握り締めて、そこに、乾きかけた自分の血でできた血溜りの上に、うつぶせに倒れていた。
「よォ、久しぶりだな。ヒアデス」
 低くおさえた、ささやくような声。
「あんたの秘書かなんかかい、この爺さんは。悪いな、もう少し弱ければ殺さずに黙らせることもできたかもしれないが……」
「アルウィン、何故ここにいる?」
 表情も変えず、声の調子も変えないヒアデスの問いに、
「今はエルフィスと名乗ってるよ。あんたは変わんねェな、ヒアデスよ。あの日から、ちっとも」
 足を組んで机に腰掛けた姿勢のまま、男は執務室の主を見上げて、笑いのかたちに唇をゆがめてみせた。


DRR (05.08.11)
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