JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





一周目三番



 天の高みを黒い影が旋回している。
 西の空には紅亡の星が、東から白む空に薄まる闇の残りを従え、空を明け渡す時を惜しんでいるかのようだった。
 男は視線を足下に移した。小高い丘から見下ろすと、まだ早朝の傾いた陽の光が雲と丘を透かし、眼下に広がる街並みに明暗の色をくっきりと落としていた。
 まだ若そうなその男は長い旅をしてきたのであろう、ブーツもマントも目深に被った帽子も同じように砂色の色彩を帯びている。帽子の下から見える目には、強い光が宿っていた。
 男がヒュッと短い口笛を吹くと、それまで、まだ弱い陽の光と戯れるように旋回していた黒い影が落ちてきて、ふわりと左肩にある肩あての上に爪を食込ませ留まった。
 「こんな所に隠れていたとは…」
 男は肩に止まった相棒の鷹に同意を求めるかのように、邪悪な笑みを浮かべつぶやいた。
 今、男は「リガロ・ダーナム」と名乗っていたが、この名前も、もう長くは続かないであろう事を男は確信していた。リガロは足早に街へと向かった。

 街の入口にたどり着くと、リガロは相棒チェルシーの頭を指の背でひと撫でし、空に放ってから街中に入った。早朝人気のない街中ではあったが、それでも人目を避けるようにリガロは路地から路地へと足を速めた。チェルシーは、その大きい翼を優雅に動かしリガロを見失わないように高みからついていった。
 暫くすると、表通りの料理屋の角から入った路地裏の片隅に、目的の建物を見つけた。店とも民家とも判断はつかないが、ぞんざいな感じの看板が、そこが民家ではないということを告げていた。 看板には、リガロの長く住んだ国の言葉で「ラビリンス」と書かれていた。チェルシーがその建物の屋根に留まるのを確認してから、リガロはそのぞんざいな看板の脇にあるドアを、荒々しく蹴飛ばして中に足を踏み入れた。
 店内には棚からあふれ出たような彫像、絵画、本、剣、杖などが所狭しと無造作に置かれていたが、まったく気にする様子もなくリガロは奥へと足早に歩き、苛立ったように声を荒げた。
「おい! 出て来い!!」
 リガロの怒鳴る言葉をさえぎるように、店の奥から眼鏡をかけ煙管を燻らせながら女店主らしき人物が出てきた。
「おまえもしつこいな、しつこい男は嫌われるんだ」
 リガロを見据え、女店主はけだるげに言った。リガロの顔には怒りの色がどす黒く現れ、目深に被った帽子の下から鋭いぎらつく眼光が女店主を射抜いた。普通のものであれば、その威圧的な視線に眼をそらさずにはいられないであろうが、女店主はまったく気にする様子もなくリガロの視線を平然と受け止めた。
「もう、オレだっておまえを追うのは飽き飽きしてるんだ。今日で最後にしたいものだな! あれはオレのものだ、返してもらおう」
「なんのことだ」
「巻物だ! さぁ、オレによこせ!!」
 女店主はフンと鼻をならし、嘲笑しながら言葉を続けた。
「おまえはあの巻物を見たんだろう、何が見えたんだ? おまえには見えたのか? おまえにその資質はないのは判りきったことだ、宝の持ち腐れというやつだ」
「うるさい! 黙れ!! いいから、さっさと返せ!!」
「それは無理というものだな、巻物は持つべきものの手に渡ったのだから」
「なんだ……と!?」
 リガロの顔色がさらに深く怒りの様相に変わり、素早く翻したマントから出た両腕には長剣が握られていた。その刃は烈火の炎を凝縮して作ったかのような半透明で硬質な光を放っていた。それを見た女店主の表情はあきらかに硬くなった。
「その長剣……、その持ち主をどうした!?」
「さぁな、どこかで朽ちているかもなぁ……、ふはははは! オレには関係のない事だ」
 リガロの顔に残虐な笑みが浮かんだ。
「フン…… おまえごときが、それを使いこなせることができるのか?」
「ならば、その身を持ってこの刃を味わうがいいっ!!」
 リガロは俊敏な動作で女店主に斬りつけたが、ひらりと身をかわされたため床にあった彫像をなぎ倒し粉砕した。剣先をかわされる度に、床にある絵画や彫像はその姿を無残なものへと変えていく。
「留めだっ!」
 女店主を棚のある壁面の隅に追い詰め、叫びと共に最後の一撃を振り下ろした瞬間、「ギンッ!」という硬質な音が響いた。女店主の右手には煙管ではなく、壁面の棚においてあった短剣が握られており、片手でリガロの剣を支えていた。その刃はリガロの長剣とは対照的に、やはり半透明で青い光芒を纏っていた。ぎりぎりと剣に力を加えながら、リガロは女店主に向かい冷徹に問いただした。
「……ふ、最後に聞こう、巻物をいつ誰に渡した?」
 女店主は口元をニヤリとさせ答えた。
「知らん、ただの旅人だったからな」
 それを合言葉のようにリガロは剣を引き後ろに飛びのき、更なる一撃のために踏み込もうとした瞬間、開け放たれた入口のドア付近で男の絶叫がした。
「ひっ! ごっ……強盗だ!! いっ……いや、人殺しだぁー!!」
 男はヨロヨロと腰をぬかしつつ「ラビリンス」から這い出そうとした。リガロはその背中に向けて懐から素早くナイフを抜き投げつけた。ナイフは男の背中をめがけまっすぐに向かったが、すんでの所でその刃は男の体には届かず、いましがた剣先を向けていた女店主がその男を庇うように体当たりし、床に沈んだ。しかし、女店主の右肩にはしっかりとリガロのナイフが突き刺さり、赤い鮮血がじわりと床に広がった。
 男は女店主の倒れた姿を呆然と見ていたが、すぐに気を取り直し、そのまま表通りに向かい大声で叫びながら逃げ出そうと試みた。リガロはその後ろを大股で追い、狙いを定めて2本目のナイフを投げつけた。今度はしっかりと背中から左胸に深く突き刺さり、「ウッ!」という短い声を上げ、砂袋が投げ出されたような鈍い音をたて男は路上に倒れこんだ。
 路地裏に血の匂いが漂う中、リガロは注意深く、しかし迅速に女店主に近づき傍らに膝をついた。倒れてもまだなお右手には短剣が握られており、無言ではあったが、乱れた髪の隙間からのぞく女店主の双眸には強い意思が感じられた。
 リガロが女店主の髪を無造作に掴み頭を持ち上げると、その顔は苦痛に歪んだ。その表情を楽しむかのように残虐な笑みを浮かべ、リガロは女店主の耳元に囁いた。
「おまえの思うようになどさせぬ、先に地獄で待ってるんだな。オレのために寝床を暖めておいてくれ。……そうそう、最後に言っておこう。おまえは今まで、オレが出会った女の中で一番……」
 リガロは言葉を区切り、息も絶え絶えの女店主の唇に自分の唇を重ね、再び耳元に「ククッ」と笑い、ゆっくりと言葉を続けた。
「……最低な女だったよ、チェルシー」
 女店主、チェルシーの髪を離すと、ドサッと音を立ててくず折れた。一歩下がり立上がったリガロが、残虐な笑みのまま長剣を上段から振り下ろそうとしたとき、屋根上で旋回していた相棒のチェルシーが一声鳴いた。それと時を同じくして、表通りの料理屋から出てきたのか、女の悲鳴があがった。
「あっ、あんたー!!!」
 料理屋の女将らしきその女は、続けざまに叫んだ。
「誰か来ておくれ!!! うちの主人がぁー!!! 誰かっ、誰か助けておくれー!!!」
 泣き叫ぶ女の悲鳴を聞きつけて、家々から人が出て来ようとしていた。リガロは低く舌打ちをし、左手に持ち上げたマントの裾で顔を隠し、チェルシーが飛ぶ紅亡の星が輝く方向へと走り去り、そのまま街をあとにした。

 旅人を見つけ巻物を取り返すため、リガロはまた名前を捨てた。


Written by Chiha (03.11.27)
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