JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





十三周目一番



 ――意外ではあった。が、反面、妙に納得したのも確かであった。
 その号するところの『地』が示すように、生来、物事を只静かにみつめて事の経緯と行き先とを見定めるのを好むキルウィスは、眼前の男が、じっと腕を組みながら虚空を眺めやるのを視界にとらえながら、内心頷いた。
 巻物にまつわる物語、即ち、『大いなる災い』『魔法装置』『教会』『組織』……それらの単語を結びつける人々の意思のもたらした悲喜劇を耳にしても、エルフィスなる剣士は、大きな感情の動きをみせなかった。
 ……勇者になることを志した愚者には、少々刺激が強すぎたか?
 或いは、今更、己には関係ないと割り切ってでもいるのか。
 キルウィスは、実はこの男が暴れだして、このセレンティアの遺産ともいえる湖面を遥かに見上げる隠れ家を破壊し尽くすことまでも想定して、色々と対応策を考えていたのだが、どうやらそれは杞憂に終わったようだった。
「ふん。それで?」
「――それで、とは?」
「わざわざ、こんな話を聞かせるからには、それなりの理由があるだろうが?」
 なかなかどうして、人並みに頭を働かせる――。エルフィスの側からすれば、言いたいことが多そうな感想を持ちながら、キルウィスは、性別不詳の不可思議な声音を発した。
「何。左程のことはない。お主は真実を知った方がよかろうというんで、前々から話す時機を計っていたに過ぎぬ。」
「ありがたいことだな。巻物の御託は、結局のところ、クオンの邪魔になるであろう障害物を排除する為に機能してるって訳だ。」
「その通りだ。あんなものは教会が都合よく魔法装置を使う為の道具に過ぎんよ。」
「で、今度はお前たちが、このオレを都合よく使いたい訳だな? お前たちにしてみれば、教会の思う通りに装置とやらを使わせたくないんだろう。だから、その要となるクオンが目障りで、オレに消させたい。三本の魔剣の所持者なら、悪くても相打ちが期待できるってとこか?」
「ま、そんなところかな。伊達に場数を踏んでないようだ。」
「世辞はいい。だが、一つ聞かせろ。そうしたところで、後はどうする? 大いなる災い、お前たちでどうにか出来るもんじゃねぇだろうが。」
「出来る。かの装置にしろ、元は我々の父祖が作ったのだからな。」
 赤茶けたローブの奥底から、男のものとも女のものとも分からぬ深い声が、力強く断言した。だが、それだけにどこかしら不自然さを伴う。
 エルフィスは、素顔をみせぬこの謎めいた術師を暫し胡乱気にねめつけた。が、結局はにやりと口元を歪めると、傲然と言い放った。
「あやしいもんだな。だが、まぁいい。てめぇの話しからすりゃぁ、クオンを斬れば、否応無くオレが《その者》って訳だ。シエーアも居る筈だ。キルウィスとか言ったな。オレをヤツとやりあえる場所に連れて行け。今度は巻物なんかじゃねぇ、ヤツの命を貰ってやる。」

 ジェッターは腕の中のシエーアの様子に衝撃を受けながらも、同時に取り戻したという安堵の思いをどこかに抱いていた。
 頭の片隅に、マリエルとのやり取りを思いだす。
 ある夕食後のひととき。
「どうも、気になるのよ。」
「あん? 何が?」
「あの、シエーアって子。」
「……いくら自意識過剰なだけで縁に恵まれないからって、年下のしかも同性に逃げ道をみつけるってのは、感心せんでげすなー。」
「ジェッター。」
「あいな。」
「わたし、あんたとはすっごく短い付き合いになりそうな気がしてきたわ。」
 彼女は、にっこりと微笑んだ。
 クオンは風呂に。ティオレは、教会に。ソウカは散歩とか言っていた。シエーアは、起きてるのだか寝ているのだか分からぬ様子で、寝室へ下がっていった。
 というわけで、卓を囲んで座るは、ジェッターとマリエルの二人。
 ジェッターは長椅子に寝そべって、ぼんやりと『聖都食べ歩き』なる書物に目を通しており、その向かいでは赤い髪の女魔術師がひきつった笑みを浮かべながら、手にした杯をぶるぶると震わせていた。
「ふむ。ぼくちん、これっぽっちも付き合った記憶はないっちよん? まずはお友達から、ね? あ、でも、茶飲み友達を持つにはまだ若すぎるよなー。すまん、マリエル。やっぱ、無理だわ。ごめん。」
「……コロスッ!」
 勢いよく立ち上がりかけて、マリエルはジェッターの様子に思い留まった。
「……あんたって、素直じゃないのねぇ……っていうか、逆に素直過ぎなのかしら。」
「……ほっとけ。で、真面目な話し、どういうことかお教え願えると助かるんだが。」
「ま、あの石っころは、露骨に怪しいわね。」
「そいつは分かる。問題は、どうすりゃいいかってことだ。取り上げようとすると、抵抗するんでなぁ……。」
「まぁ、取り上げても無駄だろうけどね。」
「そりゃ、どういうことだ?」
 ジェッターは、そこで初めて身を起し、座り直して正面からマリエルを見た。
 女魔術師も、滅多に見せぬ真剣な表情を浮かべると、語り始める。
「要は、あれは魔術の媒体なの。対象はシエーア。どんな魔術か正確なところは分からないけれど、色々な面でかなり特化された術なのね。対象を限定し、起動する時機を限定し、起動する場所を限定し、おそらく起動術式も大掛かりで準備も相当なものでしょう。それだけに、他要素の介入を排除する力が強いようね。」
「……せんせー、言っている意味がさっぱりっす。」 
「あんた、ホントに魔法に素養がないわねー。」
「どんな魔法具が金になるかなら、バッチリなんだがなぁ。」
「魔法具なら何でも金になるでしょーが。ま、簡単にいうと、最初からシエーアを目標にして組み上げられた特製の魔術な訳よ。だからちょっとやそっとじゃ、妨害できないようになってる訳。無理に手を出すと、なんかヤバいことが起きるかもしれないわね。」
「成程。」
 マリエルは、いつの間にか立って、腕を組みながらうろうろと決して広大とはいえない部屋の中をうろうろと行ったりきたりしている。どうやら、色々と考えているときの癖のようだ。組んだ腕の上で、人差し指が落ちつかなげに拍子を取っていた。
「……やはり、術は発動させざるを得ないか……距離はたかが知れている……問題はその次か。」
「……おーい?」
「ならば、手元に置いておく。ついでに一人片付けるか……」
「マリエルさんや、聞いとるかー?」
「よしっ! ジェッター、あんた耳貸しなさい」
「利息、高いよん?」
「利息は、シエーアでどう?」
 女魔術師は、そういうと、これからシエーアの身に起きるであろうことをジェッターに語った。
 そして。
 今、ジェッターはその読みの的確さに舌を巻き、且つ、感謝することになった。
 気がつけば。
 傍らにはティオレがいた。
 静かな声。
「……戻りましょう。騎士達に気付かれます。」
 そして、静寂が戻った。

 なんとなく、胸がざわめく夜だった。
 蒼龍の月が雲の向こうに、冷然と座する頃、クオンは寝台で黙々と剣の手入れをしていた。落ち着かぬ夜、目の冴えて休めぬ夜は精神を落ち着ける意味も含めて、命を預ける相棒との無言の会話を嗜む。過去に何度も繰り返してきた、単純だが効果的な行為。だが、過去の繰り返しと唯一違うことは、この晩は、訪問者があったことだった。
 ほとんど手入れを終え、重みを味わいながら眼前に掲げた切っ先の輝きを確かめていたときのことだった。
 静かな、だが、全く躊躇いというものを感じさせないノックの音が、部屋の唯一の入り口を塞ぐ扉から響いた。
「ジェッターか? 起きてる。入れよ。」
「……夜分に失礼します。」
 しかし、応えたのは、女性の声。
 入ってきたのは、見知った女性。
 彼が全く予想していない相手であった。
 驚きに、クオンは思わず身を起こした。幸い、裸ではなかったので一安心だ。
「どうされたんですか?」
「――お話があります。」


artemis (05.10.31)
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