JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





一周目五番



あっ!! 文字が変わっている、『トレートティースにて旅の仲間を集めよ』だったはずが、似ても似つかぬ文面に変わっているではないか。
 いや、似ても似つかない、というのは正確ではないだろう。その文字は今も変わらずそこにある。巻物のてっぺんに書かれたその一行の下に、新たな一行が書き加えられているのだ。
 なんとなく予想していたことではあった。羊皮紙の巻物の大きさに比べて、もともと書かれていた一行はあまりにも短く、しかもそれが羊皮紙の真ん中に書かれていたのならともかく、いかにも続きがありそうな具合にその下には広大な余白が広がっていたのだ。実際、何かが隠されているのではないかと思い、クオン自身、何度か隠された部分を確かめるべく工夫をこらしもした。もっとも、魔術の心得のないかれに試せる手段といえば、せいぜいが(燃えないように注意しながら)火であぶってみる程度のことでしかなかったのだが。トレートティースの場所すらわからなかった時に、もしかしてそこに地図でも描かれているのではなかろうかと淡い期待を胸に試してみたのだが、もちろんそれは徒労に終わっていた。
「ふむ……?」
 最初に考えついた可能性は、むろん、誰かにすりかえられた可能性だった。最初にこの地にたどりついたとき、行き倒れたかれを救って介抱してくれた人物――いや、その直後、持ち物を確かめたときにこの巻物の中味も確かめてある。それはないだろう。あとは――単にすり取って行ったというのなら、腕のいい盗人になら可能かもしれない。が、中身を書き換えて戻した、あるいは、一行目にまったく同じことが書かれた、二行目を書き加えた巻物を事前に用意しておいてすり替えた、ということはさすがに考えにくい。だが、もしそうだとすれば、それはそれでこの巻物の持つ意味を知っている者の仕業ということになる。
 だとすれば……。
「……まぁ謎に近づく手助けか、謎から解放される手助けにはなるか……」
 そう結論づけるのはさすがにいい加減すぎるだろうか、という考えも一瞬頭をかすめたが、もともとかれの意思とは無関係に転がり込み、今もって意味すらわかっていない「運命」なのだ。根拠のない可能性だけを理由にあまり深刻になっても仕方がないだろう。
(そういえば、あのジェッターという男、シーフだといっていたな?)
 かれならば可能だろうか。どの程度の腕かはまだ未知数だが……。
 しかし、かれだとすればやはりそれはそれで、かれと組むことになったことは巻物の導く運命とそう大きく外れることもないだろう。
 クオンが、それが誰の仕業であるか、ということをあまり真剣に考えられなかった最大の理由は、しかし、それ以外の場所にあった。――書き足された一行の文面に。
(この一行が新たに書き足された、あるいは、現れたのは、一行目の「運命」が実現されたから、ってことなのか?)
 だとすれば、この巻物が導く三行目の運命に出会うためには、この二行目が完遂されなければならないということになる。なるほど、「その道は平坦ではない」わけだ。
 ため息をついて、かれは巻物の二行目を読み直した。
 もちろん、さっき最初に目にしたときと、一字一句、変化はなかった。
『ひとりが裏切り、ひとりが死ぬ』

「クオン、おっそーい!」
「そうか? そりゃ悪かったな?」
「いや、いってみただけだけど。ボクたちも今着いたところだよ」
 そういって、シエーアがけらけらと笑った。
 屈託のない笑顔。ジェッターとティオレもそろっているから、かれが一番最後だったことは事実のようだ。
 ティオレの出で立ちは、さっき別れたときとほとんど変わっているようには見えない。もっとも、さっき酒場を離れたときと、その全身をすっぽりと包むようなマントの中身まで一緒であるとは限らないが。
 ジェッターは、なるほど、シーフと名乗るだけあって、柔らかな革の鎧を身に着けている。シエーアは――これはあまり魔法使いらしくは見えなかった。魔法使いの代名詞みたいなローブではなく、普通の――ただし仕立てのよい――短衣の腰をやわらかい布のベルトで締めて、そこに小型の剣を吊っている。魔法使いといえばローブをひきずって歩き、身につけた武器といえば短刀と杖というのが相場だと思っていたクオンにとって、シエーアの格好はなかなか新鮮に見えるものだった。もっとも、魔法使いだと聞いていなければ何の変哲もない旅人の服装で通るものなのだが。
 クオンは服の下に細かい鎖を編んだ胴衣を着ている。旅の戦士の防具としてはごく一般的なものだ。腰に吊った長剣も、切れ味については充分に吟味してあるとはいえ、これもごく一般的なものである。ふだんならクオンの武装はこれで終わりだが、今日は木の盾も持ってきている。ひとりで行動するときは片手を開けておくほうがいろいろと便利なのだが、今回は仲間がいる。どうやら戦士らしい戦士は自分だけ。となれば前衛は前衛の役に徹するべきだろうと考えたわけだ。相手が一人で、接近戦をやるだけなら盾はむしろ邪魔なだけであることも多いが、相手が複数だったり、人間ではなかったり、飛び道具が相手だったりする場合には盾は重宝する。あるいは液体や魔法の攻撃などに対しても、一定の防御効果は期待できるだろう。ひとりで行動しているときならば足を使って避けるような攻撃でも、後ろで魔法使いが呪文に没頭しているときならば受け止める必要が生じることもある。
 さらに、長丁場が予想されるときはさまざまな冒険用具を詰めた背負い袋も持ってゆくところだが、今回の仕事は、少なくとも今夜の段階ではそこまでの準備を必要とするものではなさそうだった。
「さて、それじゃ、まず今回の依頼の内容を確認するぜ」
「って、何でジェッターが仕切るのさ?」
「シエーアお前……依頼の内容を忘れたのかよ?」
「ほんっと失礼だなぁ。こう見えてもボクは魔法使いなんだよ? 記憶力には自信あるんだから」
「で、その記憶力は魔法の呪文で埋め尽くされて、依頼の内容なんかすっぽり忘れっちまった、って?」
「うー!」
 相手の言葉も終わらぬうちに言葉を返すような勢いのふたりのやりとりに、あっけにとられてクオンとティオレは顔を見合わせた。ティオレの黒い瞳は虹彩と瞳孔の境界がわかりにくい。まして月明かりの下では。ふたつの月の光に照らされて、さっき酒場で見たときよりももっと白く、ほとんど人形めいて見える彼女の顔と、その黒い大きな瞳からは表情らしきものはまるで読み取れなかった。
「――だから、今夜のところは問題の教会墓地――の廃墟――に潜入して、その不気味な物音ってヤツの正体を見極める、ってコトにさっき決めただろーが」
 クオンの記憶している依頼の内容も、まさにそのとおりだった。そこに何かよろしくないものが巣食っていたとして、それを掃討するのは明日以降にするにせよ、物音がするのが夜中であるならば、その正体だけでも今夜のうちに確認しておくべきだろう、という結論になったのである。どうせ夜の仕事なら、今夜のうちにやってしまおう、というわけだ。
「わかってるよそんなの! それでなんでジェッターが仕切るのさ!?」
「そりゃお前、潜入捜査となりゃシーフの出番って、神話の昔っから決まってっだろうがよ」
 芝居めいた仕草で、ふんぞり返ってジェッターは親指で自分を指してみせた。
「ま、場所が場所だけに、ティオレちゃんの意見も是非聞かせてもらいたいところだけどな」
「いえ、件の教会は私とは違う宗派に属していたようですから……」
「……ふうん? あーまぁ教会もいろいろ大変らしいけどな……」
 すくなくともこのあたりで、「教会」と云えば、それは単一の、特定の宗教の神殿的建物あるいは宗教集団の中央組織を指す言葉だ。しかし、彼女の属する(広義の)「教会」が、それこそ神話の昔から内輪で異端や正統に別れて(もちろん、すべての派閥は自らが正統であると主張するのだが)争ってきたこともまた周知の事実である。しかし、当の教会関係者以外は、ジェッターのいうように「いろいろ大変」という程度の認識しか持っていないのが普通であった。
「で、まぁティオレちゃんには聖職者の立場から気がついたことがあれば云ってもらう、それから、さっきも話が出たが、《生ける死者》が現れたら奇跡の業で対処してもらう。クオンのダンナはティオレちゃんが処理しきれなかった《生ける死者》なり、迷い込んだ犯罪者なりがいたらその剣で埒を明けてもらう。でも、それまではオレッチの仕事、ってコトさ」
「ボクは?」
「あー」
 ぽりぽり、とジェッターが頬をかく。
「あーそうだな、宝物でも見つかったら、そん中に魔法の品物でもないか鑑定してくれよ。お得意の、例の、ほら、なんとかいう呪文で」
「もー! バカにして! ボクだって戦えるよ! ほら! こないだ盗賊団に襲われたときだってボクの《眠りの呪文》がなかったらヤバかったくせに!」
「あーまぁ《生ける死者》に眠りの呪文が効くんだったらそいつもよろしく頼むわ」
「……うぐ……」
 一瞬言葉に詰まったシエーアに、さっと背を向けてジェッターは力強く宣言した。
「それじゃ、さくっと片付けて報酬もらって今夜はイイ夢見ようぜ、みんな!」
 シーフというよりは歩兵隊長みたいな勢いで歩き出し、十歩ほど進んで、ジェッターは誰もついてきていないことに気づいた。
「……どうしたんだよ? まさか、こんな仕事で怖気づいたわけじゃねェだろな?」
「いやその」
「ジェッターさん?」
「はい、何でしょうかティオレちゃん?」
「どちらへ?」
「そりゃもう問題の教会へ」
「……」
 ほとんど表情を変えないまま目だけ丸くしたティオレが、数度、まばたきをした。自分が見ているものが信じられない、といった風情で。
「ジェッターさん?」
「はい?」
「方向が逆です」
 もし目の前に砂時計があったら、今きっと落ちかかった砂がそのまま中空で静止しているに違いない、と、クオンは思った。
 嘆息して空を仰いで、なんとなくぎくっとしてクオンは息を呑んだ。
 紅い染みのような星が見えた。
 それだけのことだ。それだけのこと。
 夜に星が見えるのは当たり前のことだ。赤い星が珍しいわけでもない。そう思って見ると、その輝きはもう星の海に埋もれてどれであるかも見極められなくなってしまった。それだけの星。
(……何だったんだ? あのイヤな感触……)
 それこそ教会関係者か星読みの連中でもあるならば何かの説明をしてくれるのかもしれないが、もう、かれ自身、さっき目に入った輝きがどの星のそれであったのかを特定できないとあっては、相談することもできまい。
 頭を振って、今度は正しい方向に歩きはじめた仲間のほうへと振り返ったクオンの脳裏に、ついさっき目にした一文が、また、よぎった。
『ひとりが裏切り、ひとりが死ぬ』
 革のマントを払い、仲間を追って、クオンも歩きはじめた。


Written by DRR (03.12.09)
前へ目次へ次へ
inserted by FC2 system