JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





三周目三番



「狙ってたってどういう意味さ」
「いや、余りにもタイミングがよすぎ……じゃない!どうせならもうちょっと早く来とけ!」
 と、自分の言葉で思い出したかのようにティオレに目を向ける。既にティオレが張ろうとしていた結界は消滅しているが、彼女はその場に留まり、先ほどの体勢のままだった。
「ティオレ!」
 ぐらっ、と倒れる彼女の体を駆け込んだクオンが支える。一瞬とはいえ陣は完成した。その影響だろう。それ以前に先ほどの戦闘で彼女の体力は限界に近かったのだ。今まで倒れなかった事の方が不思議だったくらいである。
「ちょっと、大丈夫なの、ティオレ?」
「随分多くの《生ける死者》を倒したんだろうし、ティオレだって倒れるよね、そりゃ。……ボク、ここに立ってるの嫌になるぐらいだもん……」
 つまりは、辺り一体腐臭と死者の残骸だらけで嫌だ、ということだろう。もっとも、地面はエルの炎術で焼かれ綺麗になっていたが。しかしそれはそれで、気化した腐肉やら骨やらを吸い込んでいそうで嫌だった。しかし、そんなものにはクオンはもう慣れた――いや、気にする余裕すらなかったということだろうが。
「私は大丈夫です。それより、まだ終わってはいません」
「周りにいる《生ける死者》ならエルが倒したよ?」
「いえ、この閉じた空間をどうにかしなければ、いつまでも発生する可能性があります」
「閉じた空間、か。なるほど。なら何が出てくるか分ったものじゃないわね」
 『閉じた空間』と言う言葉を聞いただけで、この、《生ける死者》がいくらでも出てくるという不思議な状況をエルは納得したらしい。
「何が出てくるかわからないって、どういうことだ?」
「空間を閉じるということは、世界と断絶させるということよ。そこにはズレが生じる。その間隙を縫って送り込んできてるんでしょ。どこからどうやってかはしらないけどね。まぁそれ程遠くじゃないでしょうけど」
「へー、そうなってるんだ」
「って、シエーア!あんたはそれでも魔術師なの!?」
「じゃれあうのは後にしてくれ。今はそれより、現状をどうするかだ」
 その話が本当なら敵は無限に近い。対してこちらは有限である。閉じた空間とやらをどうにかしなければ、いずれは《生ける死者》に倒されるのは明白である。
「空間を元に戻すことは出来ないのか?」
「「無理」」
 ハモる魔術師2人。出会った時から息が合っていたが、穴の下で更に親交を深めた様だ。
「……お先真っ暗だな。いっそ、穴の下の方が安全なんじゃないか?」
 半ば本気でそんな事を考えていると、周りから草を踏みしめる音が聞こえてきた。
「……来ます」
 と、ティオレは気丈にも立ちあがり武器を構えようとしているようだが……既に彼女にはそんな体力が残っていないのだろう。足は震えており、満足に動ける様には見えなかった。
「無理するな、ティオレ」
 立っているのがやっとのようなティオレを、クオンは抱き留め支える。
「ティオレはあんなだし、クオンも疲れてるでしょうし。私の魔力だっていつか尽きるし、シエーアの力量じゃ役に立つかわからないし。万策尽きたって感じね」
「ジェッターが何とかしてくれないかな?近くに空間を閉じてる要か《生ける死者》を生み出してる元凶があるんだろうから……」
 そんな事を全く期待していない顔でいうシエーア。とはいえ、自分たちに現状を打破出来る策がない以上、他の誰かが何とかしてくれる事を祈るしかないのだが。既に周りは数十体の《生ける死者》に囲まれている。今は可能な限り戦うだけだ、と悲壮な覚悟を決めた時、なにか、硝子が割れるような音が響いた。そして、《生ける死者》の包囲の外側から神聖な気配、さらには炎術によると思われる爆発が起こる。
「なになになに?」
「閉じた空間が解けたみたいですね」
 (よかった。一瞬だったけれど陣に気付いてくれた)とティオレは安堵した。《七門の陣》は天界から力を借りる。そのエネルギーは強大であり感知されやすい。とは言え、ティオレが張った陣は一瞬だった。その一瞬で気付かれると言うのは奇蹟に近いだろう。
「なにはともあれ、助かったってことだよな?」
「さぁ?味方と決まったわけじゃないんだし、まだわからないわよ?」
「なんでもいいから、こんな所はもう嫌だよ、ボク……」
 数十体いた《生ける死者》の群れもすぐに崩れ落ち、焼き尽くされていった。《生ける死者》を滅しながら表れたのは胸に聖印を刻み付けた鎧を着た男が四人と、そして、微笑を湛えた白い人影。
「無事だったみたいですね」
「……だ……だ……」
「誰?あんた達は」
 と、驚きで声がでないクオンの変わりにエルが聞いた。……と思えたのだが、クオンはその予想を越えていた。
「脱色ティオレ!?」
「うわ、凄い失礼だよ、クオン」
 とは言え、シエーアはその言葉自体は否定しない。表現は違うが――そしてそれを声にだして言うほど無思慮ではないが――シエーアも同じ事を思ったからだ。クオンの言うとおり、姿を表した彼女はティオレにそっくりだった……ただし彼女の纏う色を除けば。ティオレが黒髪・黒瞳・黒い法衣であるのに対して、彼女は銀髪・赤瞳・白い法衣、そしてその肌は透けるような白であった。
「ふふ、面白い人ですね、あなたは。初めまして。私はフィアナ・グローライトといいます。彼らは修道騎士。異常を発見し駆け付けました」
 クオンの言葉にも微笑を崩さず、彼女はいった。
「っと、すいません、変なこと言って。俺はクオン。助けてもらって感謝します」
 彼女は『グローライト』と名乗った。そしてそれ以上に、その容姿が何よりの証拠であろう。
「ティオレの姉妹?」
「私の姉です。……あの一瞬で気付いてくれてよかった」
「双子の絆よ、きっと」
 ティオレとフィアナ。双子であるという2人は顔立ち・背格好は同じではあったがそれ以外の外見は真逆だった。黒と白。2人の色は正反対である。そしてなにより、纏う雰囲気が違う。表情を変えず常に冷静なティオレが纏うのは、傍にいる者を引き締めさせる静謐な涼しさであるのに対して、微笑を絶やさないフィアナが纏うのは、傍にいる者を和ませる穏やかな暖かさであった。
「《生ける死者》の殲滅、完了しました」
「ご苦労様です。彼らの回復に2人、残りの2人は一応周囲を探ってみてください」
 容易く《生ける死者》を殲滅した彼らは力有る聖職者なのだろう。そしてその身のこなしから、戦士としての力量も有る事が見て取れる。彼らは修道騎士――教会の守護者としての任についている者達である。
「……ところで、もうティオレを抱き留めておかなくてもいいんじゃない、クオン?それとも、そのままの方がいいの?」
 と、意地の悪い笑顔を浮かべながらエルが言った。
「――――――」
 そういえば先ほどからずっと、クオンはティオレを抱き留めたままだった。先ほどは状況が状況だった為に気にならなかったが、改めてそう言われると……あれだけ戦闘力があるとは思えない軽い体とか、触れているところで感じる体温や女性らしい柔らかさとかを意識してしまった。その上更に戦闘中すれ違った時に浮かび上がった感情とかを思い出してしまったりした。
「クオン。顔赤いよ?」
「う、うるさい!」
 シエーアの言う通り、クオンは顔を赤くしていた。
「まぁでもとりあえず、ここから離れよ〜。ボク、頭痛くなってきたよ……」
 それにはクオンも賛成だった……が、ティオレは歩くのも辛そうな状態である。にもかかわらず誰も手を貸そうとはしてくれなかった。エルとシエーア――それにフィアナまでもがこちらを面白がって眺めているだけだった。つまりは、クオンにそのまま運べと言っているのだろう。ティオレは自分から誰かに肩を借りようとはしないだろうし、このまま移動するしかない。
(嫌なわけじゃないが、なんて言うか……困る。とにかく困る)
 そんな、ティオレに触れている喜びとか恥ずかしさとか緊張とか周りの目による居たたまれなさとかが混じった複雑な気持ちのまま移動した。もっとも、誰かがティオレに肩を貸していたら、今度はこの状態からの解放感と手放した事による喪失感を味わうのだろうが。クオンは、こんな時でもいつも通りのティオレをうらやましかった。

「皆さん、大きな怪我はないみたいですね」
 クオンとティオレは傷こそ多いものの深い傷はない。穴に落ちた時に怪我を負った――それと樹の根でこけた時に鼻の頭に怪我を負った――エルが一番傷が深いだろうか。だが、いずれも大した怪我ではなかった、シエーアにいたっては無傷であった――服が焦げていたり埃まみれではあったりしたが。修道騎士は皆に回復を施していく。
「ティオレを見てくれるかな。結界の一部になるなんて無茶な事をしたから外見ではわからない所に問題があるかもしれない」
「結界の一部に?……もしかして《聖弾》が一弾倉しかないのに《七門の陣》を使ったの?あれは只でさえ一人で張るのは負担が大きいっていうのに。一瞬だったからこの程度ですんでいるのよ?」
「他に方法がなかったからそうしただけ」
「ティオレは真っ直ぐ過ぎるのよ。もっと楽にすればいいのに。空間が閉じていればいつかは私達がその異常に気付く。それまでの時間稼ぎしているだけでもよかったのよ。そこの穴の下にいるなり、木に登るなりして」
「それではいつ気付いてもらえるのかわからない。でも、陣を張れば必ず気付いてもらえる」
「それだとティオレがどうなっていたのかはわからないのよ?」
 それは物凄く珍しい光景だった。嗜めるような姉に反駁する妹。それは普通の姉妹の様であった。ティオレが――相変わらず無表情ではあるが――いつもの丁寧な口調ではなくなっている上……どこか、拗ねたような雰囲気なのは気の性だろうか。そうして回復をしていると、
「おおーい。やっと見つけたぞ。オレッチを置いて何でこんな所に行ってるんだよ」
 ジェッターが近づいてきていた。その姿に、クオン達に緊張が走る。
「……ジェッターだよね?」
「へ?オレッチがオレッチ以外に見えるってのか?まさか、その年でボケたのかシエーア。可哀相に」
「ボケてない!」
「今までどこにいたんだ、ジェッター」
「変な音が聞こえたからそれを探りに行っただろ?それは結局わからずじまいだったんだけどな。まぁそれで戻ってきたら誰もいなくなってて。今まで探してたんだぜ?」
 その言葉に嘘は感じなかった.。そして、纏っている雰囲気も普段のジェッターのそれだった。
「はぁ〜、全く。こっちは大変だったんだよ?なんか、ジェッター一人だけが楽したみたいだよ」
「あのなぁ。探索係りをおいて勝手に移動したのはそっちだろうが」
 シエーアも安心したのか。いつもの様に軽口を言い合っていた。
「ところで、そちらの方々はどちらさん?」
「ああ、修道騎士だとさ。俺達を助けてくれたんだよ」
「ほらほらジェッター。あの人はなんと、ティオレの双子のお姉さんなんだって」
「へぇ〜」
「??あんな美人が二人もいるってのに、ちょっかいかけに行ったりしないの?いつものジェッターなら、こう……」
「それよりも、どうするんだ?なんだか皆ボロボロだし、探索は諦めて帰るかい?」
「そうだな。今日は帰って、また来よう」
 そうして、全員が立ちあがり――幸い、今度はフィアナがティオレに肩を貸すようだ――街に向かって歩き出す。ジェッターは何気なく荷物を――クオンの荷物を持ち上げていた。とりあえずは全員無事で宿に帰れる、そう全員が安堵し街に向かおうとした。その時、
「ふん。まぁ、ついでだ」
 と言う言葉と、きらめく白刃。全員が安心した一瞬に起きた凶行。切られた方はよろめき、跪く。
「クオン!」
 クオンがティオレを庇う形で袈裟斬りにされていた。思考した訳ではない。本能でなにかよくない気配を感じたのと咄嗟に庇ったのは同時だった。なんとか致命傷にはならなかったが、その傷は深い。そして、斬りつけた方は皆が驚きで停止した一瞬で逃走していた。
「ジェッター!」
 そう。斬りつけたのはジェッターだった。クオンの荷物を持ったまま全速で逃走していく。それを追うシエーア。
「くっ。エル、シエーアを頼む!」
 その言葉で我に帰り、エルはシエーアを追いかける。
「一人だけ残して、三人は向こうを。でも、無理はしないように」
「はっ」
 そして、三人の修道騎士達もそれに続く。この場に残ったのは四人。重傷のクオンとまだ体力の回復していないティオレ、護衛に残った修道騎士とフィアナ。フィアナはクオンの手当をしていった。ティオレとは違い、彼女は聖職者としてかなりの力量があるようだった。彼女の呪文により徐々にクオンの傷が癒えていく。
「ジェッターが裏切った……?」
 『一人が裏切り、一人が死ぬ』
 これで一人が裏切ったのだとしたら……次に来るのは死だろうか。だとしたら、一体誰が。

「ジェッター!待って!」
 シエーアはジェッターを追いかける。ジェッターがクオンを斬りつけた。さっき――もう随分前の気がするが、まだそれほど時間は経っていない――エルを襲おうとしたのは、やはりジェッターなのだろうか?だとしても、どうして?
「ジェッター……本当に裏切ったっていうの!?」
 わからない。どうしてこんな事をするのか。ジェッターになんの利益があるのか。長い間一緒に冒険してきた自分を裏切ったと言うのだろうか。それとも、あのジェッターは偽者なのだろうか。考えてもわからない。話を聞かないとわからない。その為にもジェッターを捕まえないとならない。後ろから自分を呼びとめるエルの声が聞こえている気がする。でもかまっていられない。シエーアが身軽だとは言っても、ジェッターはそれ以上だ。足を止めればたちまち見失う。
 そうして、暫く追いかけっこは続いたが……シエーアの前に立ちふさがる数体の影。
「このっ!」
 その影の内の一体――《生ける死者》を一刀のもとに切り伏せ、駆け抜ける。それでも一瞬
の遅れが生じ、その間にジェッターは手にした荷物を誰かに渡していた。
「ジェッター!どういうことか説明してもらうよ!」
「ご苦労さん、シエーア。ま、用事はすんだし相手してあげようじゃないか」
「説明して。一体どうしてこんな事をしたのか」
「説明、ね。それはジェッターがどうしてこんな事をしたのかって事だよな?よし、教えてやろう。それはな……」
「……その体を操っていたのは私だからよ」
 とジェッターの言葉を引き継ぐ誰かの声。そしてジェッターから生気が失われ、頽れる。
「え?ちょ……ジェッター!?」
「あなた達を油断させる為に彼の身体を借りたのよ。邪魔者を消す事には失敗したけど、おかげで巻物を手にいれる事が出来た」
 巻物と言うのがなんなのかはわからないが、邪魔者と言うのはティオレの事だろう。しかし、シエーアの意識はほとんどが近寄ったジェッターに割かれておりそれ所ではなかった。ジェッターは死んでいる様だった。呼吸もなく、体には全く力が入っていない。なにより、生気が感じられなかった。
 声は聞こえるが姿は見えない。シエーアは微かに気配のする方を見据えた。
「ジェッターの身体を借りた……ってことはジェッターの霊体だけをどうにかしたって
事!?」
「そう、その通りよ。彼の霊体を抜きとって私が身体を利用させてもらったの。――ふふふ、アンバランスね、あなたは。大した呪文も唱えれない魔術師かと思ったら、植物をあんなに大きく育てて。魔術師かと思ったら、剣の腕に覚えがありそう。面白い娘」
「……そりゃどうも」
「そう怖い顔をしないで。可愛いあなたにいい事を教えてあげるから」
「いい事?」
「そう。その身体はまだ死んでいない。彼の霊体の変わりに私が入っていたのだからね。でも、今は霊体の入っていないただの死体。でも、すぐに霊体を戻せば間に合うかもしれないわよ?」
「っ!どこかにまだジェッターの霊体があるの!?」
「霊体を抜くのにも制約はある。変わりの器を用意してそこに彼の霊体をいれたのよ。それを戻す事が出来れば彼は生き返るかも知れないわよ
「教えて!その器をどこにやったの!?」
「教会の地下祭壇に転がってるんじゃないかしら?」
「ああもう!そもそもの元凶にこんなこと言いたくないし、なに考えてるんだボクはって感じだけど!一応感謝するよ!」
「――ふふふふ、本当に面白い娘ね、あなたは」
 そういって、気配は消える。シエーアは気にせずに、ジェッターを引き摺って今来た道を戻っていく。しかし、シエーアとジェッターの体格差からいって明らかに無理があった。と、そこにようやくエルが追いついてきた。
「はぁ、はぁ……やっと、追いついた、わよ、この娘は」
「エル!ジェッターお願い!」
 息も切れ切れなエルにジェッターを任せ走り去るシエーア。それを呆然と見つめるエル。
「ああもう、あの娘はー!ちょっとあんた!こいつを連れてきて!引き摺ってもなんでもいいから!
 と、《生ける死者》を倒して追いついた――エルは彼らに任せて駆け抜けてきたのだ――修道騎士にそう言い放ちエルも走り出す。彼らは逡巡していたが、エルの迫力に負け、ジェッターに何やら呪文を唱えた後、結局ジェッターを運びながら走り戻る事になった。

「大丈夫かな、向こうは?
「大丈夫でしょう。私たちに比べれば二人はまだまだ元気ですし、修道騎士もついています」
 追いかけるほど回復してはいないが、クオンの傷もふさがり、ノンビリとしていた。と、そこへシエーアが走ってくる。
「シエーア、どうなった?」
「話はあと!教会に地下祭壇があるらしいからそこに急いで!特にフィアナさん!」
 そのまま、教会に向かって走りぬけていく。
「よくわからんが、教会に行けばいいのか?」
「どうやら緊急の事態の様です。急ぎましょう」
 追いかけようと立ちあがる二人……の襟首をぐいっと引き下げ再度座らせるフィアナ。
「クオンさん、傷は塞がっただけで治ったわけじゃないんですよ?ティオレも、走れるほど回復したわけじゃないんだから。二人はここで休んでおくように」
 そういい聞かせ、一人でシエーアを追う。その後暫くしてエルと修道騎士が帰ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……もうダメ……私は頭脳労働派なのよ……」
 そのまま倒れ込むエル。修道騎士の一人はジェッターを背負っていた。
「……ってジェッター!一体何があったんだよ、エル!?」
「私も知らないわよ。シエーアなら知ってるでしょ。……で、そのシエーアは?」
「教会の地下祭壇に向かった様ですが」
「元気ねぇ、あの娘。……あー多分、それが必要なんだろうからあんた達持っていって」
 『それ』とは、ジェッターの事だろう。修道騎士達は顔を見合わせると、二人を残し、ジェッターを背負って教会に向かっていった。

 地下祭壇には人形が一つ転がっており、それにジェッターの霊体が入っているようだった。見つけたはいいがシエーアにはそれ以上何をすればいいのかわからなかったのだ。フィアナに説明をすると人形から身体へと霊体を戻してくれた。どうやら、聖職者としての《奇蹟の業》とは別に、魔術にも精通している様だった。間に合うかどうか不安だったのだが、どうやら修道騎士が使った呪文のおかげで問題なかったようだった。

 新緑の大樹亭のテーブルにクオン・シエーア・エルがぐったりと突っ伏していた。ティオレは――疲れていないわけがないのだが――いつもの様に凛としていた。ちなみに、ジェッターは教会で面倒を見てくれている。霊体を無理やり抜き出されたのだから、目を覚ますのには時間が――場合によっては数日――かかるらしい。
「はぁー。疲れた」
「一体なんだったんだろうねぇ?」
「もしかして……結局、この依頼自体があの為だったって事?」
「かもなぁ。結局教会の穴ってのも地下祭壇に繋がってただけだったし」
 そんなこんなで、まったりとしていた。身体は疲れていて眠ってしまいたい所だったが……日はまだまだ高い。この宿を出発してからそう時間は経っていないのだから当然といえば当然だった。
「なんだかよくわからない事ばっかりだったねぇ」
「散々戦った上に色々ありすぎて疲れた。とにかく疲れた」
「それで得たものがないんじゃねぇ……」
「お金が心配になっちゃうねぇ」
「はぁー。考えるのも面倒だ」
 そうやって、ぼうっとしていた。そんな中ティオレ一人が涼しい顔でお茶を飲んでいた。

 そして、教会のある一室でその会話は交わされた。
「よろしいのですか?無理をするな、とのご命令でしたのですぐ引き返しましたが」
「ええ、大丈夫ですよ。あれは必要になった時に彼の手元にあればいいだけです。それに、これ自体が運命(さだめ)なのかもしれませんしね」
「ですが、行き先もわからないのでは……」
「一度運命に囚われたのなら、そこから抜ける事は簡単ではないのですよ」
「はっ?」
「巻物は彼の運命を映します。彼の手元にある無しに関わらず。彼が見ようが見まいが、そこに書かれている事は成就する。なら、どこにあろうとも変わらない。そうでしょう?」
「そういうものですか」
 そういって、彼は去っていった。だから、その言葉を聞く者はいなかった。ほんの一握りのものしか知らない、巻物の真実に近づけるその言葉を。
「……後は、彼が道を外れない事を祈るだけ。道を外れなければ巻物は必要ない」
 白い聖女は、誰もいない部屋でそう呟いた。

 扉を開けて目に入ったモノは、壁も床も天井すらも赤い部屋と噎せ返るほどの血の匂い、足元に転がる彼の首。そして、焼き鏝を押しつけられたような熱さと急激に失われる体温、堕ちゆく意識。最後に。目に焼き付いたのは、赤く半透明な剣を持った男。

 目を開ける。寝覚めは最悪だった。寝床も服も寝汗で濡れそぼってて、心も身体も休まった気にならない。もっとも、あの日から3日と空けずに見る悪夢だ。目覚めの不快さにはもう慣れた――この心の痛みには慣れる事はないとしても。
 濡れたタオルで身体を拭き、着替えを済ませ、簡単な朝食を取る。そうして少女は街に出る。この街に、追い求めるあの男がいるはずだった。

「誰か来ておくれ!!! うちの主人がぁー!!! 誰かっ、誰か助けておくれー!!!」
暫く歩いていると、そんな声が聞こえた。そちらの方に駆け出す。道徳感や正義感、ましてや野次馬根性からではない。その声はあの男に関係してると言う直感だった。理由はない。もとより手がかりは少ないのだ。だから、直感にでも頼ろうという気にもなる。それに、あの男は裏の人間だ。ただ街をうろつくより、そういった出来事を探った方が見つかる可能性は上がるかもしれない……これは後付けの理由ではあるのだが。
 料理屋の脇道を入った裏路地で、人が倒れており、そこに女性が覆い被さり泣いていた。倒れている人の左胸には深深とナイフが刺さっており、流れ出た血の量からしても既に死んでいるか、もって数秒だろう。
「襲った人間はどこに行きましたか?」
 少女は女性にそう尋ねる。
「あ……あんた!たすけておくれよ!主人が……うちの主人が!」
「落ち付いて下さい。慌ててもどうにもなりません。……それで、主人を刺した人間はどこへいったかわかりませんか?」
「ああ……向こうのほうに逃げていったみたいだけど。後ろ姿を見ただけだから……」
「それで……近くに鷹が飛んでいませんでしたか?」
「は?そういえば、泣き声を聞いた気もするけど、それが一体なんだっていうのさ」
(やっと追いついた)
 少女は女性の言った道へ走り出そうとする。その時、
「待て」
 という、声が聞こえた。あの男が傍にいるのだから従う理由はないのだが、その言葉には不思議と抗いがたい響きが有った。見ると、開け放たれら扉から眼鏡をかけた女性が出てきていた。彼女も襲われたのであろう――右肩から血を流していた。
「今更追った所で奴は捕まらない。それより、この場の処理をしていったらどうだ」
「……やっと追いついたって言うのに、そんな事はしてられない」
「ほう?奴を追っているのか。なら、奴の行き先を教えてやる。それなら、今から追うよりはマシだと思うが?」
 一度立ち止まってしまい、こうして無駄な時間を費やしてしまった。確かに、今から追っても見つけられないだろう。なら真偽はともかく、行き先を知っているというのなら聞いてみようと思った。

 そうして、現場の処理――倒れていた男の方は出てきた人達に任せ、この女性の手伝いのようなことをする事になった。彼女曰く
「私とお前の契約だ。他は放っておけばいい。どうせ助からない」
 との事だった。
 女性に続いて扉の中に入った先はとにかくものが多く整理もされずに散乱しており、更にはここで戦闘でもしたのか斬られているものも少なくなかった。
「倉庫?」
「一応店だ。外に看板があっただろう」
(そんなものあった?)
 まぁ、持ち主がそう主張しているのなら、そうなのだろう、と深く追求しなかった。
 少女が命じられたのはここの整理だった。『そんなことは今回には関係ない、自分が不精なだけだろう』言ったら、右肩を怪我してて使えないだの奴が暴れた所為だだの嫌なら今からでも帰っていいぞだのと言われ、渋々と整理をした。納得したわけではないが、この女性には何をいっても無駄だろうと言う気がした。整理をしつつ、煙管を燻らせる女性と話をする。
「お前はあいつの事をどれだけ知っているんだ?」
「鷹を連れている事。人を殺す事をなんとも思っていない事。自分が欲しいモノを手に入れるためには手段を選ばない事。名前をいくつも変えている事。過去犯した罪もいくつか知っているし、見た事があるから外見も知っている。それと……赤い水晶の剣を持っている事。……あの男の素性を調べるのに財産の三分の一を使った。行き先を調べるのに残りの財産を使った。ここまで来るのに家も家具も、何もかも売り払ってきたのよ」
「あいつは基本的に足取りを残さない。それを調べるのは骨だったろうよ」

 整理が終わった。といっても、完璧には程遠い整理だが。その女性が余り気にしない性質だったからだ。斬られたり割れたりしたモノを片付け、大雑把に分類し、出来るだけ詰めて置く。店と言うからには価値のあるモノなのだろうが……こんなものでいいのだろうか?
「それじゃ、あの男の行き先を教えて」
「ふむ、正確に言えば奴の行き先ではないんだがな。やつが追っているもののある場所、ということだ。奴がいつそこにつくのかはわからないが、奴の目的地で待ってればいずれ会えるだろうさ」
「それはどこ」
「トレートティース。運命(さだめ)の動き出す街」
 そこに行けばあの男に会える。行き先は聞いた。なら、ここにはもう用はない。少女は扉に向かって歩き出す。と、
「これを持っていけ」
 そういって、短剣を投げてよこす。
「奴の持っているモノと因縁のある剣だ。餞別にくれてやるからありがたく思え」
 鞘から抜き出すと、刀身は青く半透明だった。それは、あの男が持つ剣と雰囲気がよく似ていた。
「ありがとうございます」
 そうして外に向かう。その背中にまた、声がかけられた。
「最後に。どうして奴を追っている?」
 振り返らずに答える。少女の目に宿っているのは、昏い炎。
「……復讐。今の私にはそれ以外ない」
 今度こそ、少女は店を出る。この街にももう用はない。今日中にでも出発できるだろう。

 そうして少女――ソウカは男を追う。全てを奪ったあの男を。その道がどういうモノかは考えない。今はただ追いかけるのみ。そうでもしないと生きる意味が見つからないから。


Written by 斎祝 (04.02.17)
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