JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





三周目五番



「あっちいなぁ……、おい、オヤジ! なんでも良いけど、もっと揺れないように走れないのか!?」
 幌の中から声が聞こえてきた。
 ハッキリ聞こえるということは、余程後ろから身を乗り出しているのであろう。
「うるさいなぁ ジェッター! 荒地だから仕方ないじゃん」
「そこを、うまく操るのが御者ってもんだろーが! だいたいなぁシエーア、お前がそこを陣取るから、オレまで幌の中に押し込められてるんだぞ!」
「はいはい、もう少し気をつけて道を選びますぁ、ダンナ! 今日中には荒野も抜けますから、もう暫くご辛抱くだせぇ」
 いきなり怒鳴られもしたが、賃金で雇われている身でもあり、御者はこの若いパーティが気に入っているようでとても愛想が良い。
 シエーアが聞いた話だと、若い頃には冒険の旅をしていた時期もあったそうで、今は妻と幼い息子のある身なので生業を御者としているが、昔は馬を駆って剣を持ったこともあったという。
 幌の中ではいつもの活気さが半減、いや、75%ダウンしているようだ。
 クオンは暑さと揺れと埃っぽさをガマンしながらも、仲間の様子に気を配っていた。
 シエーアは早々に御者の隣を陣取ってしまっているので、中には4人が押し込められるように座っている。ティオレは目を瞑って寝ているのだろうか、大人しく体を幌の壁にもたらせて、エルと並んで座っている。ジェッターは、最初こそはティオレの前に座れて上機嫌だったようだが、現状の暑さと埃と揺れにイラついているようだ。
 何より、活気さが75%まで落ち込んでいる原因は、もう一人にあった。
「……シ シエーアぁ…… お願い、交替してぇ……」
「おい、シエーア、エルと交替してやれよ!」
「……あたし、こういう揺れに弱いのよぉ……」
「……ダイジョブ? エル??」
 青くやつれた顔でエルが身を乗り出した。御者が手綱を操り馬車を停車させると、ジェッターが手を貸してエルとシエーアの位置を交替させて、またすぐに出発する。

 トレートティースを出て3日。目的の街にはあと2日ぐらいかかるという。目的の街というよりは、目的がみつからず次の街に移動しているというほうが正しいのであろうか。
 トレートティースはそれなりに大きい街であった。
 身を隠すために移動するには、それなりに大きい街でないと流れ者は目立ってしまう。
 そんな理由で、近場の中小規模の街は立ち寄っても、どれも目的の街にはなり得なかった。追っ手の事を考えると、中小規模の街での補給なども馬車を近場の森などに待機させ数名が徒歩で仕入れに行くなど、最小限で済ませることしかできず、多少不便な行程になってしまっている。
 宿のふかふかベッドでの充分な休息もできないままの移動では、いくら旅慣れた者でも疲れは蓄積する。女性が多いパーティなのでクオンはそれが心配であった。

 幌から身を少し乗り出し外を眺めると、埃にまみれた風は前髪を弄び、頬を撫でる。揺れを意識してか、若干馬車のスピードを御者が落としてくれているようだ。
 舞い上がる砂が傾いた太陽に照らされ、その輪郭をぼやけたものに見せている。視界に見える限りの荒地は、どこまでも乾いているように見えた。
「はーい♪ 到着到着ぅ〜♪ 本日の野営地でーす」
 活気75%ダウンの元凶だったエルが、50%ほど回復したらしく、歌うような声で宣言する。
「……エルぅ、元気になって良かったねぇ……」
 相対して、50%ダウンのシエーアは弱々しい声で応える。
「あら? な〜に青い顔してんの? シエーアったら?」
「……う……うん、ダイジョブ。大したことないから。旅慣れてるし」
「シエーア、無理すんな。 そこら辺に荷物まとめるから、少し休んでろ」
 ジェッターは周囲の探索出かけ間際に、シエーアに声をかけた。
 御者とクオンは野営に必要なものを馬車から降ろし、一箇所にまとめている。
 シエーアは馬車からヨロヨロと降りて、並べられている荷物の小さいものを枕にし、足を伸ばして寝転がった。
 周囲には幸い森とは言いがたいほどの小規模の木立がいくつも点在しており、まもなく荒野を抜けるであろう地形に変わりつつあった。

 一行が野営地に選んだのは、水場が少し離れたところにある小さな木立の脇だった。
 以前にも、同じような旅人が使った場所であろうか、木立の中心あたりには、馬車を導き入れ、火を炊くのに適した広さがあり下草も少なかった。
 エルはその中心に楽しげに薪を積み上げていた。きっと出来上がれば「小さき篝火」を薪の周りに踊らせるのであろう。
シエーアはその「小さき篝火」の踊りが初めて見た時から気に入った。
エルが「小さき篝火」を唱えると、エルのひとさし指の周りに、小石ぐらいの小さいオレンジ色の炎の玉が1つ現れる。ゆらゆらと小指の周りを、まるで雛が親鳥の周りにまとわりつくように、エルの指の動きにあわせて踊る。それをエルがポンと投げるような動作をすると、たちまち薪にとりついて、キラキラとスパークしながらいくつかに分裂し、薪のまわりを踊るように飛び交いながら火をつけていく。
シエーアは、火をつけるときはエルと並んではしゃぐのが恒例になっていた。
「シエーア、大丈夫ですか? 水を汲んできましょうか?」
 声がするほうを見ると、シエーアを照らす陽の暗いオレンジ色の光を遮り、黒い姿のティオレが顔を覗きこんでいた。
「あ、ううん、ダイジョブ。もうちょっとだけ休ませてもらえれば。ティオレはダイジョブなの?」
 逆光に手をかざしながら、ティオレの顔をシエーアはうかがった。
「はい、私は大丈夫です。意外に頑丈に出来ているみたいです。では、水を汲んできてから食事の準備をしますね」
 木立の向こうに垣間見える水辺は小さいようだが、便利に使えそうな水場だった。
「あ、もう少ししたら手伝うから〜」
 立ち上がり背を向けたティオレが、シエーアの申し出にゆっくりと半身を振り返り、にっこりと笑い頷いた。いつもながら慈悲深い笑顔に、シエーアは癒される思いだった。
「あ、水汲むなら私も行くわ」
 薪を積み終えたエルが、いつものように「小さき篝火」を指先の回りに踊らせると、薪の山に一瞬で移動させる。
「火をよろしく!」
 シエーアに言うと、ティオレの後を追いかけ走り去ってしまった。
 薪の周りを瞬きながら、「小さき篝火」は積み上げられた薪のあちこちに小さく取り付き、分裂し、薪をはぜさせ、すぐに火は安定してきた。
「ふぅ……」
 火が安定したのを確認し、ため息混じりで体を反転させ、夕日が沈む西の空を眺めた。
 夕日より高い位置に蒼龍の月が欠けて見えた。
 南の空には、張り付いたような黄皇の月が、羽を休めるために住み処に飛び急ぐ、鳥の背にあった。欠けた姿ではあったが、その存在感には神を思わせるものがあった。
 兄と、両親と4人で幸せに旅をしていた頃からは随分と時が経って、シエーアの周りは変化してしまっていたが、その頃と寸分も違わぬ玲瓏な光を、今日も他の星々と共に降り注ぐのであろう。
 紅亡の星は、まだ明るすぎてよく見えなかった。

 御者が馬に水を飲ませに水場へ向かってしまい、荷を降ろして暇になったクオンはシエーアの様子をうかがった。先ほどまでは、珍しく焚き火に背を向けて月を見ていたようだったが、今はそのまま安らかに肩を上下に揺らしていた。どうやら、体調は心配するほど悪くはないらしい。もっとも本人曰く旅慣れているというからには、少し休めばまた100%の活気が戻るであろうと簡単に予測できた。
 クオンは焚き火の傍に座ると、一度周囲を慎重に窺ってから懐に入れた巻物を開いた。
 あれから新しい文字は出てきていない。
 ――いったいこれから先はどうしたら良いのだろうか――
 ふと、そんな考えが過ぎったが、シエーアの言葉を思い出し、首を振って巻物を懐にしまった。巻物に踊らされてはいけない。そう強く思うように、自分を心のうちで叱咤した。

 探索を終えたジェッターが、途中でエルに捕まったのであろう、ティオレと3人で水桶を持って戻ってきた。クオンは3人を見つけると、シエーアが寝息を立てているので口の前で人差し指を立てた。
「しゃーねぇなぁ」
 一言ジェッターは言わないと気がすまないのだろうか、そのまま荷物から毛布を取り出してシエーアにかけてあげた。
 先ほどまでは気にならなかったが、陽が落ちたからであろうか、汗ばむほどだった昼間の馬車の中が嘘のように冷えはじめてきた。玲瓏な光が空から降り注いでいるので、大気は清浄さを取り戻し、クオンが気づかぬうちに昼間の熱気を冷やしていたようだ。
「……ん? んあ!! ゴメン!!」
 シエーアが気づき、毛布を跳ね除け半身起き上がると、既に仲間たちは夕食をとっている最中だった。
「ゴハンだよーって言ったのに、全然起きないんだもん」
 ケラケラと小気味良くエルは笑う。
「支度……手伝えなかった」
「いいですよ、今度私の調子が悪いときに、お願いしますね」
 しょんぼりしているシエーアに、ティオレが優しく微笑みシエーアのための料理を鍋から皿に移した。
「ほら、ここ座れよ」
 クオンが少し空いた隣に手招きした。
 ――仲間って新しい家族なのかな――
 ジェッターと出合ったのは、シエーアが一人ぼっちになるきっかけの事件からだった。
 紅蓮鳳凰剣の持ち主、リガロ・セストールと一緒に居たのがジェッターであり、シエーアは巻物に妄執する兄から、巻物を取り上げるために、ジェッターの協力を仰いだ。
 一人ぼっちになったシエーアを思ってなのか、それからはジェッターがいつも傍についていてくれた。
 共に兄の行方を追いつつ、生活のためのクエストは成功目当てで、仲間とは協力するという意識でしかなかったが、シエーアの中で、今の、この仲間は違うような気がしてきた。
「どうした?シエーア。なんか元気ないみたいだな」
 寝起きのぼんやりとした頭でいろいろと考えながら、皿の中のスープをかき混ぜていたから、まだ体調が悪いとでも思ったのだろうか。隣に座っていたクオンがシエーアの額に手をあてる。
「ん〜ん なんでもない。ちょっとボケっとしちゃった」
「そか」
 笑うクオンに、みんなに、シエーアは居心地のよさを感じていた。
「あ〜!!! タイヘン! 私、水辺に忘れ物しちゃった!!」
 ふいに食事途中のエルが立ち上がった。
「水を汲むときに濡らしてはいけないからって手首から外した、お守り代わりのリボン……っていうか布を、水際から少し離れた場所に置いたまま来ちゃったの!!」
「なんだ、一緒に行ってやろうか?」
 既に食事を終えていたジェッターが立ち上がりかけると、エルはそれを制すように人差し指を立てて、「小さき篝火」をみんなに見せるように指の周りを踊らせた。
「ふふ。ね、見て見て! コレがあるから大丈夫よ。みんなここに居てどうぞごゆっくり〜」
 キラキラと瞬く「小さき篝火」指にまとわせたエルはその指をみんなに見えるようにくるくると回す。その動きを追うように、「小さき篝火」はいくつかに分裂しながら、くるくると動く。シエーアはいつもの篝火より、動きが緩慢で安らげる火だと感じた。また、暗闇で見るからであろうか、色が深く赤い色に見えた。
 暫くそうしていたエルは、折り重なるように倒れた仲間たちに一瞥し、あたりを見回すと水辺とは反対の方――御者のほうに歩いていった。
「ふん、この程度でひっかかるなんて、仕方ない人たちね」
 御者は既に食事を終え、馬車の横で寝る準備をしていた。
 近づくエルに気づくと不思議そうにその指にまとわりつく火を見た。
「あぁ、お嬢さんはやはり火の魔術を使いなさるか。お姿からたぶん、そうじゃないかと思ってたんですよ」
 得意げに御者は言う。
「えぇ、まぁ」
「きれいな火ですなぁ、それ、熱くないんですかい?」
「えぇ、熱くはないわ。ほら、よく見て。心地いいぐらいでしょ」
 御者はその不思議な動きに誘われるように目を動かしていたが、そのうち、懐に用意していた酒の力を借りるまでもなく、その場に寝込んでしまった。
「はぁ、まったく。なかなかうまくはいかないものね、最初からこうすれば良かったのかもしれない」
 エルは独り言をつぶやきながら、クオンの傍まで戻り、懐から巻物をそっと抜き出した。
「巻物の力に頼ってはいけないから、私が預かってあげるわね」
 軽く微笑すると、ティオレの傍らに膝をついた。
 ティオレは薄く目を開いているように見受けられた。
「黒の聖女もこんな程度なのね。もしかしたら、見えているかしら? でも動けないわよね。今は夜の時間だもの。私の力のほうが強いはずだから」
 エルはクスクスと笑い、尚もティオレに話しかけた。
「あら、睨んでいるのかしら? 大丈夫。話がつけば、あなたのことをちゃんと始末しに来てあげる。そして明日の朝、みんなが起きたときには、あなたの無残な姿に悲しむのね……あなたの仲間たちが。それとも、悲しむのは教会かしら? ……そんな事はないわね、あなたも私と同じ、捨て駒のはずだし。明日になれば、私のことは、みんなきれいサッパリと忘れているのよ。みんなね」
 ティオレの黒髪をサラッとなで、立ち上がると、エルは水場の方角へと「小さな篝火」を従えたまま歩いていった。

 リガロという名の男は、「小さな篝火」によく似た、「幻惑する篝火」が動くのを、離れた木立から確認した。
 念のため、明るいうちにチェルシーをエルのいる木立に飛ばせておいたので、チェルシーの居る場所でエルは待っているであろう。
 そのまま、暫く静観していると、「幻惑する篝火」が消え、「小さな篝火」に変わった。
―― 「幻惑する篝火」は、エルが密かに得意としている魔術だった。
 見せる相手の記憶を暗示により操作してしまう魔術なので、油断なく火の色や、動きが変わるのを判断しないと、リガロもエルの意のままに動かされかねない。
 エルがトレートティースで宿屋の娘に成りすました時、はじめてその魔術の存在を知ったリガロは、実際エルと行動を共にしていたそれまでの数日間の自分の記憶を疑ったが、二人の利害関係が一致していたためか、エルは見極め方を教えてくれ、また、リガロには「幻惑する篝火」を使っていないと言っていた。
 どちらにしろ、エル本人が言っているだけのことであり、最終的には利害関係で成り立っている薄っぺらい縁は、リガロにとっては面倒になったら断ち切れば良いだけの事だった。
 リガロは慎重に炎の色を見ながら、馬を走らせ目的の木立へと向かった。
 エルは「仲間たち」が寝息を立てている場所から水辺を右手にして半周し、木立が少し深まってきてはいるが、水汲みにちょうどよさそうな広さのある場所に立って待っていた。
 その少し深まった木立の低い枝に、無造作に巻かれた布があり、その枝より数本高いところにある人の手には届かない場所の枝で、チェルシーが羽繕いをしているのをリガロは確認した。
「意外に早かったじゃない」
「まぁな、お前も意外に強引な手段に出たもんだな、幻惑の篝火を使うとはな」
「まぁね、少し計画がずれてしまったけど、結果がよければ問題ないでしょう」
「ふん、『疑心暗鬼の種』は撒けたのか? 奴と教会が敵対してくれるといいな」
 エルは表情を変えず、懐から巻物を取り出せて見せた。
「ふふ。コレでしょ。あなたが欲しがっていたものは」
 エルはリガロの目の光が変わるのを楽しむように、巻物を左手に持ち、自分の顔の位置まで掲げて見せた。
「それをよこせ」
 あくまで平静な声ではあったが、リガロの声音には冷たい色がにじみ出てきた。
「あら、タダで渡すとでも思っているのかしら?」
 エルはいたずらっ子のようにニコっと笑い、リガロを煽る。
 なおも、見た目の表情は変わらないリガロは、スッと剣の柄に手をかけた。
「あらあら、セストールの剣に手をかけるなんて、相変わらず血気盛んなのね」
「お前、なぜこの剣のことを? 話したことはなかったはずだ」
 ここにきて、やっとリガロの表情が変わった。顔つきが険しくなり、ギリッと音がしそうな視線をエルの顔に突き刺す。その目にエルは僅かに勝ち誇った気分になった。
「何故でしょうねぇ、知りたかったら手を離しなさいな」
 リガロは油断なく柄から手を離した。チェルシーは木立の枝の上から二人の様子を見下ろしている。
「で、話を聞こうか」
「ふふ。お兄様を探しているのかしら? あの一行に可愛い女の子が混じっているのよ。あなたはチェルシーに私を追わせて遠方からついてきていただけで、一度も顔を見たことはないから、気づかなかったでしょうが……」
「シエーアが? ……殺したのか?」
「まだ、すやすやと眠っているわ。寝る子を殺す趣味はあまりないのよね。あなたに処遇はお任せしようと思って……ね。ふふ……全員殺して荷物を奪ってもいいし、まぁ、幻惑する篝火を使ったから、『黒の聖女』一人を殺せば、それに悲しむ仲間たちっていう悲しくも美しいシナリオが完成する手はずにはなっているのだけど……どちらでも、あなたが好きな方を選べばいいわ」
「……ふん、自分の手は極力汚したくないっていうワケか」
「そうね……『黒の聖女』だけは、確実に始末してちょうだい。そうしたら巻物はお渡しするわ」
 エルの思惑がどんなところにあるかには、あまり興味がなかったが、そんな容易いことで巻物が手に入るのであれば、リガロとしては躊躇うことなど何もない。
 その時、チェルシーが危険を察知し一声鳴いて飛び立った。
 リガロは数歩分を飛び退いて木立に紛れた。
「エル!! 巻物をお返しなさい!!」
 後ろからリンとした声が響き、暗闇からヒュンという音を耳元に聞いたエルは、ティオレが武装していることを瞬時に理解し、振り向いた。
「エル、あなた、何者なの!? 教会側の人間なの? それとも……」
 ティオレの問いにエルは不敵に笑った。
「ふふふふ さぁ、あなたが知る必要は無いわね。さすがは黒の聖女、あの程度の幻惑を打ち破る力ぐらい持っていてくれないと、こちらも面白くないわ、出発間際に、教会に行ったのは、白の聖女から『特別なお守り』を貰うためだったのかしら? すべては教会の筋書きどおりということを、薄々感づいているのではなくて?」
「エル、何故? どうしてあなたが?」
 ティオレは目の前の現実に困惑し、眩暈がしそうだった。
「私を殺すのであれば、本気にならないと無理よ」
 ニヤリと笑ったエルは、杖を前に突き出す動作だけで、まばゆい閃光のような火をティオレの眼前に打ち出した。
 その圧倒的な光量から、火の破壊力が人間を焼き尽くすものと窺い知れたが、すんでのところで、ティオレはそれをかわしエルに向かい矢を放つ。
 ティオレに向かって打ち出された火が、すぐ後ろの木の枝にぶつかり、更に輝きを増し生木の枝を燃やし、エルの後ろに立つ人物を照らした。
 目深に被った帽子とマントで顔は見えなかったが、その手には赤く光る剣が、エルに向かい、今にも振り下ろされようとしていた。
「エル! 後ろにっ……!!」
 発射してしまった矢はエルの肩口を掠めるだけのはずだった。
 ティオレの矢がエルの肩を掠めるのより少し早いタイミングで、その人物は剣を、エルの右肩から振り下ろした。
 エルの体が、その剣の力で崩れたため、照準がずれたティオレの矢に左胸を射抜かれた。
その衝撃で手からはじけるように中空に飛んだ巻物を、飛んでいる獲物を狩るように大きな鳥が掴みとって飛び去っていった。
エルのそれほど大きくない体は、2つの攻撃の反動で水辺のほうに投げ出された。
「エルーっ!! まっ……待ちなさい!!」
 その人物と大きな鳥はティオレの静止を聞くはずもなく、木立を走り抜け用意してあった馬で、紅亡の星が瞬く方向に逃げたようだった。
 ティオレはエルの傍に走り寄った。
「あぁ、あぁ、……なんて事……」
 ティオレは目にいっぱいの涙を浮かべ、クロスボウを取り落とし、ふらふらと水辺に足を踏み入れた。
 水の中はもどかしく、エルになかなか近づけない。足を水底の泥にすくわれながらも、その中ほどで倒れるエルにどうにか近づき、岸辺に戻り満身の力を込めて引き釣りあげた。
 既にエルは事切れていた。

 小さな水辺は翌朝には、その大きな朝陽の光よりも濃く赤い色に染まっていた。
 ティオレを探しに来たジェッターとクオンは、赤く染まった水辺の岸で、冷たくなった見知らぬ少女の頭を膝に抱いたまま、いつまでも泣き続けているティオレの姿を発見した。
 その悲しい光景を二人は、一生忘れることはできなかった。


Written by Chiha (04.03.27)
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