JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





四周目四番



「……私がですか?」
 クオン達がトレートティースを出るという報告の為に教会訪れたティオレを待っていたのは、任務を告げる姉と司祭であった。それ自体は別にかまわない。今までも何度となくこなしてきたものだ。だが。
「私は今、巻物の資格者の守護と監視の任についていますが」
「それはそうなのですけれどね。手が空いてるモノは近くにおらず、他に適任者がいないのですよ。ティオレ・グローライト」
「私では役不足でしょうしね」
「……姉さんがこの役には適していないのは確かだけれど」
 任務とは、聖剣の回収である。宗教戦争のごたごたで聖剣、聖典、その他多くの宗教的に価値のあるもの――実際に力のあるものもそうでないものも――の行方がわからなくなっていた。そういったものを回収するのもティオレの仕事であった。そして、こと回収と言う任務では、彼女の姉――フィアナには向いていない。フィアナはティオレとは違い魔術師である。敵を殲滅するのには向いてるが、それでは回収するべきものに重大な影響を及ぼしかねない。
「まぁ、フィアナ様の立場を考えれば、ここにこうしている事が珍しいのですからね。そう簡単に動く事が出来る身でもありませんし」
「わかりました。けれど、その間の守護と監視は誰が?」
「それは私が」
「姉さんが?だけど……」
「大丈夫よ。フィアナ・グローライトとしてではなく、ティオレ・グローライトとして動くから」
 そういって、呪文を唱え始める。すると、彼女の白銀の髪が、赤瞳が、白のカソックが、黒く染まっていく。完全に染まってしまえば、双子は見分けがつかないほどだった。
「これで、あなたとなってクオンさん達と一緒に行動するわ」
「いつまでも騙し通せるとは思えないけれど」
「そうね。けれど、ティオレ・グローライトがあそこにいる事に意味があるのよ。確かめたい事もあるし、ね」
「……」
「ティオレは私になれないけれど、私はティオレになれる。そうでしょう?だから、大丈夫よ、きっと」
 それは外見ではなく、内面的な事。
 ティオレは感情を忘れている。その心は黒。その下には感情の色があるかもしれないが、それを黒で塗りつぶした。下の色を伺う事も出来ず、上から色を塗る事も出来ない。故に感情は動かない。
 フィアナは感情が欠落している。その心は白。自らの内には感情の色はなく、白のままで動かない。けれど、その上から色を塗る事が出来る。故に感情を模倣できる。だが、色を塗らなければただの白。感情の色は表れない。そして、単色の黒と白。意味としては違うものだが、感情が表れないという点では同じ事。
「彼らには黙っているのですか?」
「はい。入れ替わっている事が悟られたとしても、本当の事は話さないつもりです。……あまり彼には知られたくはないでしょう?」
「私はどう思われようと構わないけれど」
「でも、傍に居辛くなるのは困るでしょう?」
 クオンの守護と監視をするのなら、信頼を得ておかなくてはやりづらいだろう。ティオレの仕事は血生臭すぎる。嫌悪感を抱かれないとは限らないだろう。
「では、よろしくお願いします、ティオレ・グローライト」
「わかりました」
 そうして、ティオレは準備の為に教会に残り、ティオレとなったフィアナが教会の外へと向かう。そのフィアナの背中を静かに見つめるティオレ。それに気付いたのか、振り向くフィアナ。
「どうしたの?」
「姉さん。確かめたい事って?」
「……あなたでは出来ない事よ。そして半分は私の個人的な事。あなたは気にする事ではないわ」
「……」
「あ、そうそう。念の為にひとつは持っていきなさい。……それじゃ、気をつけてね」
「……姉さんも」

 目的の聖剣は野盗の一団が持っていると言う。ティオレと他10名の戦力でその砦から聖剣を回収することになる。敵はその5倍超。だが今はその多くは出払っており、攻めるのならば今が好機だった。
「探査結果は?」
「宝物庫前に2名、見張りが2名、残りは1部屋に集まっています。その数13」
「では、その部屋への突入口を開いてください。鎮圧します」
「はい。我々は、その後に突入します」
 話しからすればティオレ1人で突入し、13人を相手するつもりである様だが、その事に対して疑念や不安を持つ者は居ない。ティオレ他数名からなる部隊に属する者は単独行動で最大の効果を上げる。より正確に言えば、その戦闘力故に近くにいる味方を巻き込みかねない。だから、ティオレが単独で突入する事に異論を挟む者もいなければ、その敗北を考える者もいない。ティオレが両手にリピーティング・クロスボウを構える。
「では。……鎮圧を開始します」
 その言葉を合図に魔術師が呪文を唱える。轟音。間を空けてもう一度轟音。塀、続いて外壁を魔術で破壊し突入口を開く。それと同時にティオレが突入する。突入したティオレは即座に状況を把握し、敵性存在を認識する。視認出来る範囲には11。他2人は柱の影にいて見えないのだろう。同時にそれぞれに脅威度を設定。突然の事態に行動を起こしているモノは半数以下、それらの脅威度は一段下がる。まず、傍らに杖を置いているようなモノ、また魔術師と判断できるモノは最優先で鎮圧。魔術を発動された場合何が起ころうかわからない。場合によってはそれだけで戦闘が決まってしまう。故に魔術師の脅威度は高い。次に弓やクロスボウなど、遠距離武器を持っているモノ。接近と言う段階を踏まずに済むこれらの武器は即座に反撃される可能性がある。ただし、クロスボウはボルトが装填していない場合は脅威度を落とす。最後に近距離武器を持っているモノ。これらは接近してくる間にも迎撃できるし、接近されてしまえば敵の遠距離攻撃からの守りともなる。魔術師が1、これは反応の如何に関わらず最大脅威度を与える。射手が4、弓・クロスボウ共に2、クロスボウは準備されていないので脅威度を下げる。近接武器が6、既にこちらに向かってこようとしている2人の脅威度を上げる。そして、脅威度の設定と同時に順次鎮圧。また、攻撃しなかった対象に対しては位置・体勢・表情その他から行動を予測しておく。これら、認識・把握・判断・攻撃・予測を瞬時にこなす。この思考力こそがティオレの最大の武器といえる。突入、そして一瞬のうちに左右6発ずつ、計12発のボルトを放つ。まず6人鎮圧。
 その後ようやく敵が臨戦体勢を整え、向かってくる。視認出来なかった2人を含め、5人が近寄り、2人がクロスボウを準備する。ティオレのクロスボウにはもうボルトがない。故に迎撃できず、回避する事になる。敵の攻撃に対しての効率的な回避は横方向――薙ぎの場合は後方だけれども――であるが、その次の回避を視野にいれた場合、真横では最適にならない。敵が近接武器の場合、こちらは遠距離武器なのだから敵の武器の届かない間合いに離れれば反撃の心配なく攻撃できる。すなわち、最適回避は斜め後方。対して敵が射撃武器の場合、その攻撃範囲は射手を基点とした円錐状、遠ざかれば範囲は広がり、近づけば狭まる。すなわち、最適回避は斜め前方。魔術師に対しては最適回避はないに等しい。単純な火力呪文なら遮蔽を取ればいいが、魔術では何をされるか予測できない。だからこそ、魔術師の脅威度は常に高く設定される。それらを基本とし、相手の行動予測を加え、最適な回避を実行する。近接攻撃者の攻撃をかわしていく。その結果、1人の接近を許す。こちらの武器はクロスボウ、加えて非力そうな、若い女。接近すれば勝てると思っているのだろう。自分の勝利とその後の楽しみを思い浮かべてか、その顔は喜悦を浮かべている。射手に対して接近を試みる、それ自体は正しい。接近されれば射撃武器は使えず、また、敵に対応するには武器を持ち変える必要がある。……通常ならば。しかし、素手格闘技能者、あるいは射撃武器がそのまま近接武器へと変われば行動遅延なく迎撃できる。ティオレのクロスボウはそのまま格闘武器としても使用出来るように頑強に補強されている。弦のある方を使うわけにはいかないが、持ち手の下は格闘用になっている。相手の攻撃をなんなくかわし、すれ違い様に首筋に一閃、打ち倒す。そして、遅れてきた射撃を回避。近接戦も一筋縄でいかないと理解した敵が一瞬躊躇する。その間にリロード。そして再び、攻撃を開始する……

 ティオレが鎮圧を完了した後に他の10人が見張りを倒し、宝物庫と、その他探査に反応の有った場所を捜索し、目当ての聖剣を探す。だが……
「見つかりませんか」
「はい。やはり敵の首領が持っているようです。儀礼用ではなく、実際に強力な聖剣なのですから、当然でしょうね」
「隊長、敵本体がさきほどの音を聞き、既に直ぐそこまで戻ってきている様です」
「ふむ、ここは一旦退きますか? 敵はおよそ40。こちらの戦力では損害が大きくなるでしょう」
「……いえ、このまま迎え撃ちます。どのみち警戒されていれば総力戦となるでしょう。それに、根城を変えられては面倒です」
「ですが、あまりに危険です。やはり一旦退いて戦力を整えたほうが……」
「大丈夫です。……わたし1人で」

 砦の正門を入って直ぐの空けた場所に野盗とティオレ達が向かい合う。
「なんだてめぇらは? 教会の神官戦士様がオレ達の討伐にでも来たのか?」
「あなたの持っているその聖剣は教会の所有物です。渡してもらえませんか?」
「ん? これの事か? なるほど。なかなかいい剣だと思ってたが、聖剣だったなんてなぁ」
「渡してください。それが恐らく、あなた方にとっての最適な選択です」
「渡してください、だとよ! この状況でんな事言うなんて、なかなかの度胸だなぁ、この姉ちゃんは」
 そういって、笑い声を上げる野盗達。
「渡してもらえないのなら、実力で取り戻す事になりますが」
「ああん? ねぼけてんのか? この戦力差で何ぬかしやがる」
「それが一番被害がない選択だと思いますが」
「……ふざけろよ。てめぇらはもう俺の部下を殺したんだろうが! このまま返せるかよ!」
「そうですか。では仕方がないですね」
 その言葉と同時に、後方で待機していた者達が、準備していた魔術とクロスボウを野盗に向けて放つ。が、その全てが見えない壁によって防がれる。
「はっはっは。てめぇらが待ち構えてるのがわかってるんだ。準備くらいしてるに決まってんだろうが!」
 つまり、ティオレの攻撃手段であるクロスボウが役にたたないという事だ。
「……」
 一瞬の黙考。そして、リロード。近づいてきていた敵より少し手前の地面に向かって射撃。
「迷い子に死の安寧を」
 放たれた爆裂弾が砂煙を上げる。その牽制によりうまれた一瞬で、ティオレは光の玉を取り出し、呪文の詠唱を開始する。光の玉――別れる際にフィアナが渡してくれたもの。それは高密度の魔力凝縮体。ティオレ自身の魔力は強くない。だが、何かの補助があれば――聖弾やこの光弾のような――呪文を使用する事が出来る。そして……ティオレの呪文が完成する。
「……戦乙女に祝福を」
 魔術発動、そしてティオレは右手のクロスボウを仕舞い、一振りの剣を手にして駆け出す。砂煙を抜けてきた数人と一瞬ですれ違う。恐らく彼らには黒い風が駆け抜けたくらいしか認識できなかったであろう。今のティオレのスピードはそれほど常人離れしていた。そのまま敵の中央に切り込んでいく。予想外の事態に驚いていたようだが、それも一瞬、すぐさま敵が殺到する。だが今のティオレの動きに反応出来る者もおらず、一方的に切り裂かれていく。そのまま首領に肉薄する。流石に相当の場数をこなしてきたのだろう、首領や腕の覚えのある者はティオレの動きに反応していた。そのうちの1人が渾身の力をこめ戦斧を振るう。それをティオレは片手に持ったままの剣で受けとめる。その男の、ティオレの腰ほどもあるかと思われるほど太い腕に力が込められるも、ティオレの細腕はびくともしない。涼しい顔のまま、ティオレは空いている左手の方に持っているクロスボウで至近距離から射撃する。
「ば、ばけものか!?」
「なんだ、あの動き、あの力!」
「あんなの人間じゃねぇ!」
 野盗達から恐怖と畏怖の声が上がる。それだけ今のティオレの身軽さ、力強さは人間離れしていた。それは、先ほどの魔術――《戦乙女の祝福》の力。その効果は筋力・瞬発力・その他、身体機能の著しい強化。身体のリミッターを外し最大限の力を発揮出来る様にした上に、更に魔力で補強する。だが、一般的に使われる魔術ではない。何故なら、この魔術には身体の強度の強化は含まれていないからだ。限界以上の力を出され酷使された肉体は魔術が切れると、その分反動として肉体を壊す。故に力をセーブしつつ、早急に戦闘を終わらせなくてはいけない。そしてなにより、この魔術は単純な肉体強化を施すモノであって、反射神経を強化するモノではないからだ。肉体が人間離れした速度で動いたとしても、それに思考がついていかない。強化された身体を十分には扱えないのだ。そして、その強化された身体に思考を慣らそうと思っても、反動の為に気軽に何度も使えるモノではない。だが、ティオレの特性は『高速思考・自己の完全制御』である。その特性故に、ティオレは《戦乙女の祝福》の影響下にあっても完全に自分の体を制御できる。
「くっ、なんなんだ、てめぇは!」
「私達は神の威光を伝える者、剣となりて粛清する者、私達は……神の地上代行者」
 恐怖と畏怖の対象。神の意に背くモノを粛清する剣。絶対的な善を体現する為に敗北は許されず、圧倒的な力を持って敵を粛清する。それこそが彼女達に課された使命。
「それでは……鎮圧を開始します」
 そして、死を運ぶ漆黒の風が吹き抜ける……

 数分後には、辺りに立っている者はティオレのみ。その周りには無数の死体と噎せ返るほどの血臭、夥しい量の血。血に塗れた黒の聖女はただ1人、死が満ちたその場所で天を仰いでいた。
(今の私を見たら、あなたは何と言うのでしょうね……)
 任務はこれで終わり。姉の、クオンの事が気にはなるが、術の反動で痛んだ身体を回復する為に暫しの休養が必要だった。

 シエーアがその場面を見たのは偶然だった。魔法の剣はないかと探しつつ、街の人に話を聞いている時に、ふと裏通りの方を見たというだけであった。自分と同じか少し上くらいの年齢の少女――とはいえ自分は人よりちょっぴり……そう、ほんのちょっぴり成長が遅いから年齢差があるように見られるだろうけれど――が男3人に絡まれている。だが、何も問題はないと思われた。男達よりも少女の方がずっと強い。そんな事は身のこなしを見れば直ぐにわかった。馬鹿な男達が痛い目を見るだけだろう、これでまともな大人になってくれればいいなぁ、とそんな程度に思っていた。だから、剣呑な雰囲気になり、お互いに剣の柄に手を伸ばした時も特に感慨が湧かなかった。だけど、少女が抜いた短剣を見た時、シエーアは目が釘付けになった。少女が抜いた剣は、刀身が青の半透明。それを見て、シエーアは彼女に話しかけてみようと思った。でも、なんて話しかけよう? そう思いながら近づくシエーアの目に移るのは、強い、けれどどこか悲しみを感じさせる彼女の戦いと、もうずっと前に自分に剣を教えてくれた人の言葉。それをそのまま言葉にする
「おねえさん強いんだね、でも悲しみに満ちてる、そんなんじゃこれ以上強くなれないよ」
 ソウカは不意に掛けられたその声に振り返る。
「誰?」
 声のした方を見ると一人の少女がこちらを見ていた
「ごめんなさい、偶然さっきの場面を見ちゃったの、ボクはシエーア」
 そういう少女――シエーアをきっ、と睨みつけるソウカ。一体何様なのだろう、彼女は。シエーアとソウカは当然初対面である。だって言うのにいきなり『悲しみに満ちている』? 『これ以上強くなれない』? そんな事を言われる筋合いなど全くない。それでソウカの態度は決まった。目の前の少女も今叩きのめした奴らと同じ、『邪魔な奴』だと認定する。それは、自分の力量不足を彼女自身嘆いていたからこその反発であったかもしれないが。
「……そう。なら、どうすれば強くなれるっていうの?」
「え? んー、日頃の鍛錬の積み重ねとか?」
「そうではなく。単期間で強くなる、或いは自分の力量以上の力を出すためにはなにが必要なの?」
「ふえ? えーとそれは……だ、誰かを守る為に戦うとか?」
 突然の、そして予想外の質問に咄嗟に思いついた事をそのまま答える。話しかけた言葉の何かが彼女の癇に障ったのか、どうも喧嘩腰に見える。
「それは否定しない。誰かを守るために戦う時には思った以上の力が出る時がある。で、それだけ?」
「うーん……」
「……なら、教えてあげる。それは復讐心よ。全てを捨ててでも復讐をしたいと思えるなら、
それは力になる。その為だけに全てを捧げているのだから、強くなれるのは当然のはず」
「でも、そんなの悲しすぎるよ……」
 そう語るソウカの目は、シエーアの兄と同じ種類の光を湛えていた。両親を殺し、剣の所有者も殺した、巻物に取りつかれたかのような兄と同じ、狂者の目。その目に、シエーアは不安を覚えた。きっとその話は彼女自身、復讐にかられているからだろう。
「……もういいわね。あなたと話しているほど暇じゃないの」
「待って! まだ話が……」
 と、ドン、という軽い衝撃音。先ほどの男がソウカの後ろに立っていた。そして、苦悶の表情に歪むソウカの顔。
「はん! このガキが! いい気になるんじゃねぇぞ!」
 そういう男の手にはナイフが握られていた。そして、そのナイフは血に塗れていた。
「――この!」
 ソウカは振り向き様に反りのある長剣――先ほど使っていたのとは別の剣――を抜き、男の肩に振り下ろす。刃を使わないくらいの理性はあるようだが、だからと言って鉄の棒で殴られる衝撃は相当なものだろう。通りに男の鎖骨の砕ける音が響いた。そして男が跪いた所で、側頭部を水平に打ち抜く。男は吹き飛び昏倒する。
(いけない……)
 どうも、あの日以降感情が上手く制御出来ない。ちょっとしたことに過剰に反応してしまう傾向がある。ソウカは一度深く深く息を吐き、気を落ちつかせようとした。そしてその場を離れようと歩き出す。
「あ、ダメだよ! 刺されたんだから治療しないと!」
「あなたには関係ない」
「関係ないって、それこそ怪我人を前にしたら関係ないよ。いいから見せて」
「いいから! 私に関わらないで!」
 と、無理やりソウカの傷口を看ようとする。が……
「え? あれ?」
「――っ!」
 なにか、見たくないモノを見られたかの様な顔をしたソウカだったが、シエーアが驚いてる隙にその手を離れ、駆けて行く。シエーアは追う事もせずに呆然としていた。
「ボクの見間違い……じゃないし。どういうことだろう?」
 男は血のついたナイフを持っていた。ソウカの背中からは血が出ていた。ソウカの服も破れていた。だがしかし……
「傷が……なかった?」

 それぞれ情報収集が終わり、宿屋兼酒場でシエーアの帰りを待っていた。そうしているうちにシエーアが来たのだが、何か悩んでいるような顔つきだった。
「どうしたシエーア? 腹が痛いのか? トイレならあっちだぞ」
「ちっがーう! レディに対して何てこと言うのよ、ジェッター!」
「レディ? 誰がレディだって言うんだ?」
「なにおー!?」
 と、毎度お馴染みの掛け合いを始める二人。クオンはそんなシエーアの爪先から頭頂までを眺め……
「ladyというより、readyだな」
「ready? ……なるほど、準備中って感じかもな」
「ううー、ティオレ〜。二人が虐める〜」
 ティレオに泣き付くシエーア。そんなシエーアを、子供をあやす様に抱きながらティオレは、
「大丈夫ですよ。子供の方が好きと言う特殊な趣味の人も世の中にはいますから」
 などと言い放つ。
「うわーん! ティオレまで〜!」
「まぁ、冗談はともかく、だ」
「いや、本気だが?」
「真実ですけれど」
「……」
 真顔でそんな事を言う二人に頭を抱えるジェッターだった。
「で、何かあったのか?」
「うん、さっきね……」
 とソウカとの出来事を話す。復讐で強くなるといった少女の言葉。それを否定したくても言葉がでなかった事。……傷がなかった事は話していない。あれは只の見間違いかもしれなかったからだ。
「復讐心ねぇ……いや、怖い事いう娘もいるもんだな」
「言っている事は正しいと思います。全てを捨ててまでの復讐と誰かを守るために戦う事は似ています。どちらも、自分の事を考えていないと言う点では。自分自身をもただの手段・道具として扱えるのなら、それは相手にとっては相当の脅威となるでしょう」
「そんなもんかねぇ?」
「でも、そうだとしても……復讐なんて悲しいよ。全てを捨ててまでもする復讐なんて」
 いつものシエーアらしくない、沈んだ表情を浮かべる。それを和ませようと言うのか、いつもの気楽な口調で言うジェッター。
「ま、そんなおっかない娘と関わらなくてよかったんじゃないか?」
「いや、それはどうだろうな?」
「へ? そんな、復讐に凝り固まった様なのは危ないだろ?」
「うーん……復讐ってさ、知人が殺されたとか自分に何かされたとか、要するに何かを奪われた事に対してするものだよな? なら、それだけ思いが強いってことじゃないのか?」
「えーと……どゆこと?」
「つまりは、復讐心が強いってのは、その奪われた何かがそれだけ大事だったってことじゃないのか? だとしたら、それだけ何かを大事に思える人だってことだろ。なら悪い人間じゃないんじゃないか?」
「そう、かな。……うん、そうだといいな」
「ま、その娘がそうだとは限らないけどな。それは本人にでも聞かないと」
「皆難しい事考えてんだねぇ。そんな小難しい事考えずに、話してみて良い奴か悪い奴かでいいじゃねぇか」
「んー、ジェッターもたまにはいい事を言うんだね。少しは見直してあげてもいいよ?」
「オレッチは、シエーアが物事を深く考えて悩んでる事に感心したけどな」
「失礼だなぁ、この風船頭は。ボクはジェッターと違って色々考えてますよーだ」
「まぁ確かに、シエーアは栄養がほとんど頭に行ってると言われても納得しちゃいそうだけどな」
「な……身体の事は今関係ないだろー!」
 そういって戯れ合う二人。シエーアはもうすっかりいつも通りに戻っていた。
「うー……よし! この話はお仕舞い。それじゃ、情報収集の結果はっぴょ〜!」

「で、まとめると、だ。トロルがいて橋を渡れない。船で行こうとすると岩を投げられる。回り道をしようにもその街までは遠い上に今は馬車がない」
「おっちゃんと別れたのは失敗だったかもねぇ」
 トレートティースからこの街まで一緒だった御者とはこの街に着いた時点で別れていた。御者には妻も子供もいる。いつまでも拘束しているわけにはいかないだろう。トレートティースから既に数日が経っている。ここまで雇われていてくれただけでも感謝するべきなくらいだった。
「まぁ、ホクホク顔で帰っていったんじゃないか? 今ならある程度料金が高くても客は見つかりそうだしさ」
「で、馬車は街間を往復してるとは言え、予約でいっぱい。しかも微妙に高い」
「歩いていってもいいんだけど、ちょっと遠いし。その分食料とかが大変だしね」
「ま、このままこの街にいるにしても、他に行くにしても……金が心配だ」
「そうだね……」
「そうだな」
「そうですね」
 そう、彼らには金がなかった。トレートティースでの依頼では金が入っていない。そして、数日もの間御者を雇い、食料その他生活に必要なモノに対する出費があった。その間、まともな仕事はこなしていない。それで金に余裕があるわけがなかった。
「じゃぁやっぱり、これかなぁ?」
 そういってチラシを取り出すシエーア。それは街で見つけて持ってきたものだった。
「トロルの討伐隊の参加者募集ですか。流石に街としても、いつまでも放置しておくわけにはいきませんからね」
「ちゃんと報酬も出るし。これに参加したいところではあるんだが……」
「武器がねぇなぁ」
「討伐隊に参加しようとしてる人達がめぼしいモノは買っていっちゃったみたいだからねぇ」「……なんか支給してくれるといいんだがな」
「支給されるとしても安物だろうけどね。まぁ、ボクもしっかりと見て周ったわけじゃないから、まだあるかも知れないし」
「ま、討伐隊参加の方向性でいいよな?」
 と、とりあえずの方針をまとめるクオン。橋を渡れるようになり、金も手に入る。今の状況に丁度いい、一石二鳥ではある。
「その事でひとつ」
「なんだ? ティオレ」
「私は、討伐隊には参加しない事にしようと思います」
「どうして?」
「先ほども言いましたが、クロスボウでは有効な攻撃となりえません。ただの剣でも手足を切り落とせればある程度は意味がありますが、クロスボウ如き、トロルは気にも止めないでしょう」
「んー、そうかぁ。まぁ、魔法のクロスボウなんて滅多にないだろうしねぇ」
「はい。方法がないわけではありませんが、橋に影響が及ぶと思います」
「そうだな。それじゃ、参加するとしても俺達3人だな」
「すみません。私は皆さんのご無事を祈っている事にします」
「残念だなぁ。折角ティオレちゃんにオレッチのかっこいいところを見せようと思ってたのに」
「よかったねジェッター、情けないところを見られる心配がないよ」
 そうしてまたいつもの戯れ合いを始める二人。だが、ジェッターは別の事に心を奪われていた。誰にも話さなかった一つの情報。
(鷹を連れた男がこの街にいる、か)
 名前は違った。だが背格好は近い。確証はないが、もしこれが思った通りの人物なのだとしたら、シエーアと会わせたくはない。このまま何もなく過ぎ去って欲しいと、ジェターはそう願っていた。

 その話しを聞いたのは、あの女のいる街へと向かう為の準備を整え終わり、宿へと帰ってきた時だった。ひとつのテーブルで柄の悪そうな3人組が管を巻いていた。
「くそ、ふざけやがって、あのアマ!」
 そういってジョッキをテーブルに叩きつけた男は、頭と肩に包帯を巻いていた。
「でもよ、あの剣は高く売れそうだったよな」
「そうだなぁ。刀身が水晶みたいで結構綺麗だったよな」
 水晶。つまりは半透明。刀身が半透明の剣。
「……その話し、詳しく聞かせろ」
「ああん? なんだてめぇは?」
「……」
 エルフィスは男達の一人の腕を背中に捻り上げ顔をテーブルに押しつけ、ナイフを突き立てる。色めきだっていた男達も、いきなりナイフを取り出すような男にとまどう。
「話しが聞きたいだけだ。……それとも、実力で聞き出した方が早いか?」
「まてまてまて。ったく、なに考えてんだ手前は。こんな所でいきなり武器を抜くなんて」
 そういって、先ほどあった出来事を話し始める。少女に絡み、その少女がいきなり剣を抜き、打ち負かされた事。そして、その少女の持っていた剣は、青い半透明の短剣だったと言う。
「で、そいつの外見は?」
「えーと、髪と目が黒で……ああ、あの肌の色はここらじゃ珍しいからわかりやすいかもな」
「ああ、そうだな。ちと濃かったかもな。で、身長は……」
(青の剣……か? 持っているのはあの女じゃないようだが。まぁ、調べる必要はあるだろうな)
 街を出るのは取りやめた。目的の物はこの街にあるのかも知れない。明日は、ギルドに追加の依頼をする必要があるだろう。巻物の所有者一行と、自分と、青の剣を持つ誰か。
(役者が揃いすぎてるな。……ふん、これも運命って奴か?)

 彼は今、妻子の待つ家へと向けて馬車を操っていた。とはいえ、彼は御者を生業としている。帰り道でも客を乗せていた。この客を乗せた街では今、トロルの所為で足止めを食らっている人間が多く、多少高めの料金にしても客が取れた。それに、それまでの仕事は数日間の専属契約だった。しばらく家を空けてしまったが、その甲斐はあるだけの金は稼いだつもりだ。と、一組みの男女が道の先、中央で道を塞いでいた。
「おおい、あんたら、そんな所で突っ立ってたら危ないぞ」
「お前に聞きたいことがある。クオン・ゼアーム、ティオレ・グローライト、シエーア・ダーナム、ジェッター。この名前に聞き覚えはあるか?」
 聞き覚えはある。数日間一緒に行動していた、前の雇い主だ。だが、彼らは何かに追われていた。もしかしたらこの二人組はその関係者かも知れない。御者はクオン達が気に入っていた。なら、どちらに味方するかは決まっているだろう。
「いや、知らないよ。あんたらの知り合いかい?」
 そうとぼけてみせる御者。すると男は懐に手を入れ、何かを御者に投げてよこす。ジャラジャラと鳴る小袋を受け取る。
「……?」
 袋を開けると、中には金貨が詰まっていた。それは、御者家族が暫く遊んで暮らせるほどの額だった。
「もう一度聞こう。先ほどの名前に聞き覚えはあるか?」
「え、ええ。もちろんでさー」
「なら、ちょっとこっちに来て。詳しい話を聞かせて頂戴」
 客に事情を話し、馬車を降りて二人組に話をしにいく。クオン達の事は気に入っていたが、無理をしてまで庇うほどの義理があるわけでもない。数日付き合っただけの彼らと、これからの生活。天秤にかけるまでもなかった。そうして、二人組にクオン達の事を話す。
「そうか。報告通り、あの街にいるのだな」
「情報ありがとう。それとね、まだ重要な話があるのよ……」
 動きが止まる御者。女が御者の頬を両手で挟み、見つめてきていた。妻子もおり、恋愛をする様な感性も枯れ果て、ましてや、他の女の相手をする様な甲斐性はもっていない。けれども、美人に見つめられて緊張するのは仕方のない事だった。
「さぁ……私の目を見て……私の声を聞いて……私を受け入れて……」
 御者の目からだんだん生気が失われていく。そして、女は呪文の詠唱を始める。深く、静かに、相手の脳に浸透していく不思議な響き。暫くの後、女が離れる。
「話はこれで終わり。さよなら、御者さん」
 女が肩を叩くと、御者の目に生気が戻る。二人組が立ち去った後も暫くぼうっとしていたが、客の声で目を覚まし、慌てて馬車に戻る。
(しかし、今日はついてるな。こんな大金が入るなんて)
 これで、家で待っている妻子に楽をさせてやれるだろう。こんなに遠くの町まで来てしまったが……それも無駄ではなかった。いや、逆にこんな所まで来るような仕事でもなければ、こんなに大金が入る事もなかっただろう。前の雇い主に感謝を言いたいぐらいだ。
(……はて。前の雇い主はどんな人だったかなあ?)
 この数日の事は思い出そうとしても何故か思い出せなかった。仕事で雇われていた事は覚えているのだが……どうにも思い出せない。それに、今まで自分はこの金をくれた二人組と会話していたのだが。その二人組の人相も思い出せない。何を話したかも思い出せない。
(……まぁいいか。どうせ思い出せない事なんて大した事はないだろう)
 そんな事よりも日々の生活の方が大切だ。今は早く帰って家族でのんびり過ごしたい気分だった。こうして御者は日常に戻っていく。またいつもの、つまらないが平穏な日々に。

「記憶を消す必要があったのか?」
「念のため、よ。無駄に情報を流す事もないでしょう」
 御者と別れ、少し道から離れた所で会話する先ほどの二人組。だが、その周りにはいつの間にか数人の男達が集まっていた。
「目標はあの街にいる。探し出せ」
「はっ」
 男達はその命令に従い、街へと駆けて行く。
「街中ではやりにくいわね」
「方法はいくらでもある。機会を待てばいい」
 こうして、巻物の紡ぐ運命(さだめ)に組み込まれている者がまた、ゆっくりと街へと向けて歩き出した。


Written by 斎祝 (04.05.26)
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