JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





四周目五番



 翌日、朝というには陽が少し高い頃、討伐隊に参加するべくクオン、シエーア、ジェッターの3人は城へ、ティオレは討伐隊には参加しないので、その間、教会に礼拝に行くとの事で、同じ時間に宿屋を出た。

 昨日も通った市場では、今日も活気のある声が人ごみを縫って飛び交っている。
 途中までは道が同じなので4人はシエーアを先頭に、ジェッター、ティオレ、クオンの順に揃って市場の人ごみを歩いていた。街の賑わいは前日より大きいようだった。
「な〜んか市場が混んでるねぇ〜。武器探しながら行こうと思ったけど、それどころじゃないね」
 先頭を歩いているシエーアが、たまに後ろ向きに歩きながら起用に人ごみを避けている。

 食料品を店頭に並べている男は、「救済価格!大特価だよー」と大声で叫んでいる。
 どうやら、トロルの為に封鎖されている橋の噂を聞いた、橋を経由しない近くの町の商人が、食料を持ち込んで来たらしい。他にも、生活必需品や武器など、明らかに昨日とは違う店がいくつも出ている。
「この町の食料が底をついてきているようだから、近所の町からの助けが来たのか、良い傾向だな」
 クオンが腕組みをして納得するような素振りを見せると、ティオレが涼やかな声で訂正する。
「そうとは限りませんよ。今なら多少高くても売れるという算段が出来ているのでしょう」
 耳に飛び込む価格交渉の声は、確かに「高い!」「いや、今なら安い!」などと押し問答をしているものが多い。

「おい、シエーア! そんな歩き方していると人にぶつかるぞ、気をつけて歩け……」
 言いかけたジェッターの目が確認したのは、少年の足が人ごみから斜めに出て、シエーアが見事にひっかかった姿だった。
「あ、うぁ、あっ、あっ……」
 調度、進行方向に後ろ向きの状態だったので、バランスを崩したシエーアの手は、澄み切った青い空を掴みかけ空をジタバタと動いたが、寸での所でヒョイとジェッターがその手を掴んだ。
「……ほーら、言わんこっちゃない!」
「あ、ありがとジェッター」
「やっぱり、子供は子供が好きなんだな、遊んで欲しくてシエーアに絡んだようだ」
 素直に礼を言ったものの、笑いながら憎まれ口を叩くジェッターを横目で恨めしげに見たシエーアが、ジェッターの視線の先を目で追うと、そこには一段と多い人ごみを背に、舌を出してアカンベをしている少年が居た。
「もぅ! アッタマきた!」
「おい、シエーア!」
 シエーアは目を三角にして、少年のほうに走り出し、三人は渋々とシエーアの後を追った。
 そのシエーアの形相がよほどのものだったのか、少年は慌てて顔色を変えて人ごみに掻き分けて入っていってしまった。
 そこは、市場から城にむけて真直ぐに通る、道のほぼ中央に水場のある広場だった。
 広場からは四方に道が出ており、その道と道の間の一角に、人々が更に密度を濃くし皆同じほうを向いている場所があった。少年が潜り込んだのも、この人ごみである。

「ねね、大道芸かなぁ!?」
シエーアはすっかり少年のことはすっかり頭から抜けたのか、興味深げに、ぴょこぴょことジャンプをして人々の頭の上からその先を見ようとしたが、生憎、どの頭もシエーアの頭の位置よりも高いために見ることができない。
「ボク、ちょっと見てくる!」
「おい、待てよシエーア」
 案外ジェッターも気になるようでシエーアが掻き分けて埋まっていく人ごみに、同じように分け入っていった。もちろん、シエーアの通った隙間が同じように通れるはずもなく、人々から多少冷たい視線を飛ばされつつも、愛想笑いを浮かべながら前へと進みでる。
 クオンとティオレは目を見合わせたが、それぞれ別に急ぐ用事でもなし、何をやっているのか理解できる位置まで、同じく人ごみに入っていった。

 人々の視線の先には、羽のついた帽子に薄い緑色のマント、幾分、町人よりは派手な姿で、金髪碧眼、容姿端麗な細身の男が、竪琴を手に朗々と声を響かせていた。

「老若男女、お役人様、ご婦人方、お子様、泥棒様、はじめまして。私は旅の吟遊詩人でございます。この町に入って驚いたことは、人々は健康で明るく、こんなにも活気のある市場を見たことがありません。さすがは、善政の誉れ高きヴィータ王のご治世。ナーリ王子、シューイ王子とお二人のお世継ぎも大きく育たれ、政務のガトー公、軍務のマーロン公の両将にも恵まれ、なんと行く末の頼もしい国でありましょう! そのウワサは、近隣に響き渡り、とうとう人外のトロルまで羨ましく橋の向こうに押しかけてくる有様!!」
 それまでウンウンと頷いていた聴衆がドっと笑ったが、どこからか叫ぶ者もいた。
「おい! 笑い事じゃないぞ!!」
 ざわめきが一通り過ぎるまで、充分に時間を待ってから吟遊詩人は手を軽く挙げ、聴衆の視線を再び自分に集約し、ひとつ不安な音色を奏でてから話し出した。
「確かに、私ごとき名もない吟遊詩人には、見るのも恐るべきトロルではありますが、きっとマーロン公の討伐隊がバッタバッタと退治し、より一層豊かな町になるのが、まるで私の目に未来見の眼鏡を使わずとも見えるようでございます」
 クオンとティオレの傍で、不機嫌そうな顔をした商人がつぶやいた。
「フン、善政だとよ。そりゃ、可もなく不可もなくを褒めるには、上手く言ったもんだ」
「でも、町は栄えてるぞ」
 隣の男に突っ込まれ、ムキになって商人は反論した。
「前王が偉大だったから、その家臣に恵まれたってだけさ。それに、その家臣たちだって二人の王子の後見人で派閥に分かれてるじゃねーか。すぐにお家騒動になっちまうさ!ま、俺は利発なナーリ王のがいいな、剣の腕も確かと聞くし、何より公明正大なガトー公が後見人だしな。シューイ王子の後見人のマーロン公は、最近良いウワサを聞かないしな……」
 商人の語尾は、前に立っていたご婦人方のひと睨みで霞むように消え入った。
 ジェッターは鼻の頭を掻きながら小声でシエーアに聞いてみた。
「おい、マーロン公ってのが討伐隊を結成するのか?」
「うん、そうみたい」
「そうみたいって、シエーア、知ってて城に向かってたんじゃねーのかよ」
「う……うん、そ、それは、チラシをくれた人がコレを持って城に行けって言うから……」
 一通り華やかな音楽を軽く奏でたあと、吟遊詩人はまた話を続けた。まったくもって、聴衆をひきつける事に関しては、かなりの手練なうようで、ざわめきがある間は場面に応じた音楽を奏でて間を繋ぐ。
「さて、この町に来る遥か昔、私が吟遊詩人になって間もなくの頃、ここからずうっと東方を旅しておりました。その頃、まだ旅慣れていないのにも拘わらず、誰に相談するでもない気ままな一人旅を気取り過信しておりました。気がつくと山々の奥深く、陽はとっぷりと暮れ、宿を取るべき町を逃してしまい、途方にくれて山道を戻ろうか、それとも留まろうか、あるいは進もうかと判断に迷っていた時の事です。いま歩いてきたばかりの道に微かな光が見えました。最初は家の灯火かとも思いましたが、それは弱弱しくフラフラと揺れこちらに近づいてきます。私は背筋が凍る思いをしました。何故なら一つ前の街で聞いた噂話を思い出したからでございます。山には大きな翼を持った魔物が棲みついていると……。ごらんの通り非力な吟遊詩人でございます。ナイフ程度ならそれなりに使えますが、魔物が襲ってきて勝てる自信などはございません。フラフラと揺れる光が近づくのを、唾を飲み込み、懐からナイフを震える手で取り出しそっと構え、足音を忍ばせて道端の木の陰に隠れ、息を潜めて見つめました。その時です。ふいに耳に聞きなれた音が聞こえたのです!!」
 吟遊詩人は緩やかな音楽を奏で場の緊張を解きほぐし、人々は固唾を呑み、その吟遊詩人の言葉に巧みに引き込まれていった。
「それは、人の言葉でありました。目の前に現れた老人は驚いた顔をし、ランタンを翳しながら訊ねました。『おい、こんなところで何をしている』……私は正直にお恥ずかしい話ですがと前置きをして、事情を話しました。すると老人は、快く一晩の宿を申し出てくださいました。私はその親切な申し出に素直に従い、老人の後をついて歩いていきました。老人の歩みは遅かったものの、それでも、しばらく歩くと木立が広く途切れ、家々が立ち並ぶ集落にたどり着きました。歩いているうちに、既に夜半にでもなったのでしょうか。集落の家々の灯りはすべて消えておりました。老人は1軒の小さな家に入り、私を招き入れ、すぐに火を熾して湯を沸かしはじめました。街に買い物に行ったものの、老人の足では帰ってくるのに時間がかかってしまったと言いながら、質素ではありましたが心のこもった料理とワインで、二人でテーブルを囲み食事をしました。老人は久々の客人だということで、きっと、何人もの旅人に語ったであろう、村の話をしてくれました。それは小さい村の淡い恋の物語……」
 ジェッターの近くの男が密やかに隣の男に話しかけた。
「うちの嫁が、この話が好きでさぁ、もう何回も嫁からは聞いているんだが、やっぱり違うよなぁ。嫁が言う話は要領を得ないから、今日は聞きにきてみたんだ」
「俺んちは、婆が話題の吟遊詩人の話を覚えてきて聞かせて欲しいってんだ」
「あぁ、お前んちの婆は病気で臥せがちだからなぁ、親孝行なこった」
 吟遊詩人は物悲しい曲にあわせ歌を披露した。
「昔、この山奥、もっと山奥、なかなか人がたどり着かない場所に小さな小さな村がありました。春には畑に種を蒔き、夏には小川の魚を追い、秋は実りに恵まれ、冬は雪に閉ざされる……そんな日々を送る村でした。その村には快活な少女がおりました。少女は物心がついた頃から、村一番といわれる剣の腕を持つ少年と、いつも遊んでおりました。時には花を摘み、時には男勝りに剣の稽古。そのやんちゃぶりに大人たちは少し驚いたものですが、子供とは快活なものとおおらかに成長を見守っておりました。春には種まき、夏には魚を追い、秋には実りに恵まれ、冬には雪に閉ざされる……そんな日々を何度か経て、年頃になった二人はいつしか惹かれあうようになりました。二人の将来に約束されたであろう、ささやかな幸せを、村人の誰もが信じて望んでおりました。そんな折、ある日の午後、不審な姿の青年がこの村にたどり着きました。人々はその薄汚れた姿、ギラつく眼光に多少の不安は覚えたものの、このような山村にたどり着くのでは迷子にでもなったのであろうと不憫に思い、青年を手厚くもてなしました。しかし、夜になると、その青年は変貌したのです。大きな翼を持つ悪魔へと……その怪しく赤く光る腕を素早く振り回し、村中の家々を襲い家々に火をつけました。泣き叫ぶ人の声に少女は剣を持ち家から出ようとしましたが、母親が扉の前に立ちふさがり、必死に家の中に押しとどめました。その母の背の向こうで、家々が燃える火に照らし出され、剣を持ち悪魔を追い走って行く、愛しい青年の姿が目に飛び込みました。少女は母に大声で謝りながらも、力任せに母の身体に体当たりをし、振り切り、遠く走り去る青年の後ろ姿を目指して走りました。懸命に追ったのですが、青年の足と少女の足では距離が離れていくばかり、ただ見失うものかとその一心で少女は走りました。呼吸は荒く、心臓が破裂しそうでした。やっとのことで対峙する悪魔と青年を見つけたその時、悪魔の怪しく輝く赤い腕が、一直線に青年の体を貫いたのでした。くずおれる青年に目もくれず走り去る悪魔。大きな翼の音が聞こえたので飛び立ったのかもしれません。少女は目の前の青年に走りより傍らにしゃがみこみました。目からは大粒の涙がポロポロと流れ、青年の姿がぼやけてきます。少女は村に伝わる《誓いの詞》を思い出し、青年の耳に聞こえるように必死に語りかけました。それは、永遠の約束のための言葉。婚姻のときに誓う言葉でした。青年は少女にかすれる声で語りました。
―この身体は傷つき、倒れ、やがて朽ちても、私の魂はいかなる魔剣でも傷をつける事はかなわない。そして、今、《誓いの詞》を紡いだお前の唇、その音を聞くことが叶わなくとも、霞む目にしっかりと焼き付けよう。私も共に紡ぐ《誓いの詞》、それは永遠にお前を守護する力となろう。灼熱には冷気となり、厳寒にはぬくもりとなり、刃を受ければ盾となる。私の魂はそのためにこの現世(うつしよ)に留まろう。お前が空に召されるその時まで共に―
 青年は、その最後の命火までも削り、村に伝わるその詞の本当の意味も知らずに、少女に《永遠の守護》の呪いをかけました。青年は絶え絶えに、少女は涙にそれぞれ声を震わせながら《誓いの詞》を二人で……少女はその後、村から姿を消しました。焼け焦げた村にほんの数人生き残った村人たちは、《誓いの詞》を口にしたとは知らずに、一人は悲しみに暮れて、湖に身を投げて後を追ってしまったと……また一人は山奥の誰も足を踏み入れないところで、人目を忍び、青年を思い続けひっそりと暮らしていると……いや、違う。旅に出たのだという者も……」
「私が覚えている話はここまでで、長い話を語ってくれた老人には申し訳なかったのですが、すでに過度の緊張後の食事とワインで私の瞼は重くなり、いつの間にか睡魔の誘惑に負けて眠ってしまったのです。その後、鳥たちの歌い声で気がつくと、太陽が暖かい陽光を私の全身に降り注いでおりました。昨晩との記憶違いに半身を起こし辺りを見回すと、そこには集落があったかのような焼けた木々の痕跡だけを残し、家々も、老人も幻のように消えておりました。夢であったのか、いたずらな精霊にからかわれたのか……私にもわかりません」
 聴衆の婦人たちは目頭を袖で覆い、拍手で吟遊詩人を称えた。
 ジェッターはシエーアの顔色を伺い、ちゃかすように背中を軽く叩いた。
「け、なんでぇ、大して面白くもねぇ話で時間食っちまったな」
「……グスッ……」
「え? シエーア? 泣いてんの?」
「ウルサイなー!ボクだって多感な乙女心持ってるんだからなっ!!」
「ヘ〜ぇ、そりゃビックリだ。ちゃんと成長している事を、クオンたちに報告しなくちゃな」
 言うが早いか人ごみを掻き分けクオンとティオレに向かい、大声で叫ぶジェッター。
「おぉい! シエーアが乙女心で泣いてるぜ!」
「んもう!! ジェッターのバカ!!」
 シエーアはジェッターに追いつき、スネをしたたかに蹴り上げた。
「ってぇ!! 何しやがるんで!」
「先にお城へ行ってるねー!!」
 照れ隠しに、元気に走り出すシエーアを、ジェッターはいつもの戯れで追いかけていく。クオンは二人に苦笑しながら、ティオレとは道が違う事もあり、別れを告げて二人を追い城に向かった。

 エルフィスは不機嫌だった。
 大体、自分に用事があるのであれば、向こうから出向いてくれば良いものの、こちらが出向かなければならない相手であるという事実。これは、何かしら自分の理に合わない話を聞かされる時に多いものである。上手いこと、《鼠》に呼び出されてついて来た店の奥、薄暗いライトの下、煙草で煙る隠し部屋で待ち受けていたのは、この辺りギルドを一手に纏める顔役であった。
「景気はどうだ、リガロ、いや、エルフィスだったな」
 エルフィスの表情を透かし見るような表情で顔役はフフンと笑った。
「オカゲサマで……」
 そつのない返事をし、顔役から次に出る言葉を待った。
 相手に要望がある場合は、それほど長い間沈黙は続かない。
顔役から、エルフィスを窺うように、しかし、高圧的な含みを込めて口火を切った。
「今回、マーロン公からトロル討伐隊に、ウチのギルドからも人を出してくれないかと頼まれてな。ウチとしても、トロルなんかにウロウロされちゃ、新鮮な情報も入って来ねぇ。そこで、アンタに頼みたいんだよ。もちろん、報酬は渡すさ」
「フン、なんで自分が? 流れ者を使うってことは、それなりに覚悟決めないとならない仕事じゃねーんですかい?」
 エルフィスは心の中で、「それに、ギルドごときの捨て駒なんかになる気はない」と付け足してみた。
「まぁ、まて、話は最後まで聞くもんだ。表向きはトロルの討伐隊だが、その実は……」
 顔役は一息、煙草をふかして身を乗り出して顔をエルフィスに近づける。
「ナーリ王子の抹殺だ」
「冗談じゃねぇ! そんな事したら、ナーリ王子の次に消されるのは自分じゃねーんですかい? 悪いんですが、オレは自由気ままが好きなんで、顔役の力にはなれませんぜ」
 エルフィスは身体を横に向け、立ち上がり去ろうと腰を浮かせかけたフリをしたところで、腕を顔役につかまれ、座るように仕草で命じられた。
「相変わらず賢しいやつだな。だから最後まで話は聞け。それから考えてもらおう」
 一応、大人しく座ると、顔役は掴んだ腕を放し、ポンポンと軽くその腕を叩いた。
「まぁまぁ、今までだってギルドを利用するだけしてんだから、たまには貢献してもらわにゃなぁ。もちろん、タダでとは言わん。ヤーゴ支部の頭、バソキーソってヤツから面白い話が入ってきてなぁ。おめぇさん、珍しい剣は好きか?」
 エルフィスは顔役に自分の心が動いたことを見透かされないように、注意して表情を作った。
「何のことかわからねぇな。そりゃ、珍しい剣だったら拝んでみたいと思うがな」
 顔役はニヤリと唇の端だけ吊り上げ、再び言葉を続けた。
「居場所を教えてやるから、バソキーソに剣を譲らせよう。まぁ、最も、腕に自信がないと話はしてもらえんだろうがな。それと、そこまでの足、金を用意してやる」
「途中で夜盗の集団に襲われるなんてオチはナシですぜ」
「ナーリ王子はな、剣の腕は確かだ。子供と侮ると痛い目を見る。そんな事を頼めるヤツぁ、おめぇ以外にウチには居ないんだよ。それに、このギルドで誰がおめぇの裏をかけるって言うんだ?」
 エルフィスはわずかに目を細め、しばらく黙りこんだ。
 明らかに否とは言わせないつもりらしい顔役の言い様。身近に「水晶のような青い剣」を持つ女が居るかもしれない。討伐隊となれば、もしや、その女も参加してくるかもしれない。この町でウロウロしているという事は、橋が渡れないで困っている旅人の一人の可能性もある。ここで断っていざこざを起こすより、請け負って青い剣も手に入れられればそれはそれで都合が良い。
 エルフィスは思考の淵から這い上がって顔役に尋ねた。
「報酬の確認だ。剣の在り処、そこまでの足、金、で面が割れる自分はそれだけでどうしたらいいんで?」
 顔役は立ち上がって部屋を出ようとした。
「ついて来い」
 隠し部屋から出ると、その右隣の部屋へと顔役は入っていった。
 エルフィスがついていくと、そこには見るからにマジックアイテムであろうか様々な剣や斧、装飾品が置いてあった。部屋の片隅にあるテーブルの上には、城の兵士たちが着る騎士の服まで数着揃えてあった。
「面は割れない。武器も支給しよう。トロルってぇのは、普通の剣じゃ通らないって話を聞いてな、町中の武器屋から目ぼしいモンを買いあさってきた。もちろん、おめぇが使わないもんは、安価でトロル討伐隊にご進呈するんだがな」
 きっと、通常の倍額以上にふっかけて儲けるつもりだろう。
 それに、殺しの報酬を出すとなると、顔役にもかなりの金額が落ちるはずであった。
 服まで用意する入念な準備をしているところから、マーロン公がガトー公の推すナーリ王子を抹殺し、本気でシューイ王子を王位につけたいということが理解できた。
「ギルドとしても、おめぇさんにこれで貸しができるワケだ。今の取引先の多くがマーロン公だからな。更に今後もご愛顧いただけるって事さ」
 エルフィスは柄に赤い石がはめ込まれた、赤銀に輝く、明らかに火の魔力を感じられそうな剣を手に取った。
 顔役は、テーブルの上においてある騎士の服一式と、オパールのように輝く石をはめ込んだ草葉のレリーフの美しい腕輪をエルフィスに手渡した。
「これは、変化の腕輪ってヤツだ。その名の通り、変化の魔導がかかっている。呪文さえ唱えれば別人に変身できる。お前はマーロン公直属の配下の者として、討伐対に加わる。せいぜい、上品に振舞ってくれ。王子の消し方については、ウチの4人のメンバーと共に討伐のどさくさに紛れて殺ってくれ。くれぐれも、侮らないようにな」
 エルフィスは、その薄水色のマントの裾をつまんで、頷いた。
 金の出所はマーロン公、せいぜいしくじらないように全力を尽くす必要があるようだ。
「言っとくが……賢しいヤツと、口の軽いヤツは、長生きはしないな」
「言われるまでもねぇですぜ」
 断って騒ぎを起こし、後々追われるより、利用できるものは利用したい。その剣が聖剣の1本かもしれない可能性を考えれば、罠であろうと乗ったほうが得策である。そのぐらいの罠で自分の命運が尽きるようであれば、それは自分が巻物の所持者ではないと自ら認めることになってしまう。
 そんなことはない。掴みとってやるまでだ。この手で――。

 目の前の両翼に城壁が見えた。
 中央には伝統を感じさせる城門が聳え立っていた。
 決して華美ではなく、やや質素な作りではあったが、丁寧に手入れをされているのであろう、古城という印象ではなかった。
 入口は開け放たれており、門兵が通るものたちに不審者がいないかどうか目を光らせている。
 ただ、目を光らせたところで、今日は多少、怪しいものもチラシを見せると通し入れているようだった。
 クオン、シエーア、ジェッターの3人も門兵にチラシを見せ、中へ進むように言われるままに足を運んだ。
 城門をくぐると、眼前に城があり、幅広い石畳の舗道が中央に大きくある扉に向かって延びていた。
 その扉に向かって左手には、営舎らしい建物があり、そこの入口付近に机が出されていた。
 係官2名が名簿に記入をしており、3名程度が討伐隊参加希望者なのだろうか、その前に並んでいた。
「あ、受付……かな? はい、クオンよろしく!!」
「ん? あぁ」
 シエーアにチラシを胸元につきつけられ、背中を押されるように受付にと促されたクオンは、その3名の後ろに並んだ。
 クオンの身長で前が見えなかったシエーアは、つい背中を長く押しすぎたため、並んでいた最後尾の筋骨隆々な男にクオンをぶつけてしまった。
「あ、失礼」
 クオンはすかさず恐縮して謝ったが、相手は怒気の色を顔に浮かべて鋭い眼光を投げつけてきた。
「なにすんだっ! おいおい、ここはな、トロル討伐隊の受付なんだよ。遠足に行くのとはワケが違うんだ。坊ちゃん嬢ちゃんは大人しく後ろ向いて帰ったほうが身のためだと思うがな」
 そういうと、前の男に合図をし、明らかに侮蔑の色を含み大袈裟な身振りで笑い飛ばした。
「そーゆーおっちゃん達だって、人を見た目で判断するようじゃ、トロルの餌食になっちゃうんじゃないのかなぁ」
 クオンが止める隙もなく、シエーアが挑発をしてしまった。当の本人はしてやったりといった顔つきで、満面の笑みで男たちの顔を見下した。もっとも、見下せる身長ではないので、「見下した」というよりは「軽蔑を込めて見上げた」のほうがぴったり来るような仕草だった。
「おい、シエーア! やめとけよ! 相手にするだけ無駄だからよ」
 小声の振りで、ジェッターも煽りだした。
 係官は止めるでもなく、事の成り行きを多少面白そうに見ていた。
「なにぃ!! テメェ コケにしやがったな。 おい、そこの細いの!こっちこい!」
「へ? なんでオレが??」
 クオンの異議など誰も聞く耳をもたない。ぶつかった男は、その筋骨隆々な肉体を誇るようにシャツを脱ぎ捨て、上半身を誇示しながら受付から離れた石畳の中央で、すでに戦闘意欲満々であった。
「はいはい、クオンさんご指名ですよ〜♪」
 調子良く、ジェッターに剣を取られ、シエーアに背中を押されて前に出ると、いきなりその男は殴りかかってきた。
 連れだったのだろうか、前に並んでいた他の二人も、やんややんやと騒ぎたてた。
「うぁ、ちょ、ちょっと待て、そんな、こんなことぐらいで……」
「つべこべ抜かすなぁ、ごらぁ!!」
 男の右の拳が、クオンの顎の位置に突き刺さると見えたその瞬間、ヒョイとかわして仕方なくクオンも戦闘態勢に入る。クオンが見切ったことを想定でもしていたのか、すぐさま左拳が飛んでくる。
 またもやクオンは軽々と避けた。やはり、一発殴らないとこの場は収まらないのだろうか……などと冷静に考えながらも。
 そうと決めたクオンは、男の隙を窺うものの大振りに見えるが意外にもまったく隙がない。
「な〜にやってんだ、クオン、そのぐらい、ちょちょい! だろーが」
 無責任なジェッターの声が後ろから聞こえた。
「ちょちょいっつったって……これが、なかなか……」
 お互いに一発も決まらないまま、戦いは一方的な声で打ち切られた。
「えーい、そこまで!! やめい!!」
 気付くと、城の扉の前に白髪まじりな初老の騎士らしき男と、装束からして「王子」と思われる少年が立っていた。
「なんだ、なんだ、この騒ぎは」
 いきなり登場して怒鳴りつける態度から、それ相応の身分のものだと検討がついた。
 係官が恐縮して直立不動の姿勢で答える。
「は、ガトー公、申し訳ありません。血気盛んなものがつい……」
 言葉の語尾を濁す係官を手で制して、扉の前からガトー公と王子は足を進めてクオンと筋骨隆々の男の所に近づいてきた。
「お前たちが闘う相手は、トロルであろうが。これから先、仲間となるのだから協力せねばならんではないか」
 ガトー公に諌められ、筋骨隆々の男は些かばつの悪そうな顔をして仲間のところに戻った。
 その成り行きを見届けてから、王子が係官の前に歩み出た。
「ここが受付か? 私も参戦するのでここで受付をする」
 まだ年のころ14歳ぐらいの王子に、係官たちは恐縮した表情でガトー公の顔色を窺うと、ガトー公は黙って頷いた。
 あっけに取られているトロル討伐隊希望者の6名を前に、王子は歩みよって手を差し伸べる。
「これから仲間として共に戦うので、よろしく頼む」
 あまりにも素直に差し出された右手に、全員がふいをつかれて王子のペースで握手をしていく。
 ガトー公は不本意顔ではあるが、討伐隊希望者たちに説明した。
「そういう事なのでな、こちらはナーリ王子だ。皆のもの、よろしく頼むぞ」

 ――簡単な手続きを済ませ、討伐当日に、武器の支給を約束されクオンたち一行は城を後にした。
 まだ昼には早い時間を、市場から宿に戻るべく、朝来た道の通りに戻っていく途中、吟遊詩人が居た広場の水場の前に見た顔が居た。クオンと喧嘩をした筋骨隆々の男であった。
「ねね、アレ、待ち伏せ? まさかねぇ……」
 シエーアはクオンに耳打ちをすると、その背中にこっそりと隠れるように歩いた。
 相手は明らかにクオンたちを真直ぐに見ている。特に用事もないので、その男の前を通り過ぎようとした時、男が声をかけた。
「おい、おまえたち、ちょっと顔かせ」
「あぁ、やっぱり……」
 シエーアは諦めの悪い男にうんざりした表情で、ジェッターと顔を見合わせた。
「勘違いするな。用事があるんだ。いや、こう言うと勘違いされそうだな。とりあえず、手荒なことはしないから黙ってついてきて欲しい」
 男はそう言うと、先に立って城を背に左手方向に広場から歩いていった。わけが判らぬまま、クオン一行はその男の後ろをついていく。途中、民家が立ち並ぶ裏路地に入り、グルグルと方向感覚が判らなくなるほど歩かされ、1軒の家に入っていった。少し躊躇はしたが、その中に足を踏み入れると、普通の民家のような作り、窓には紗の布が下がり外から見ようとしても中が見透かせないようになっており、窓から離れた所にテーブルがあり、椅子が数客あり――部屋のキャパシティを考えると、若干民家としては多い数の椅子。そう、まるで会議でもする部屋のような――そのテーブルの一番窓から遠い位置に、一人のフードを目深に被った老人が座っていた。
「連れて参りました」
 その筋骨隆々の男に似合わぬ言葉づかいで老人に話しかけるので、クオン達は不審に思った。
「ご苦労であった。 ようこそ、クオン殿、ジェッター殿、シエーア殿」
 フードの下から覗いた顔は、先ほどクオンとその男の喧嘩を諌めたガトー公その人であった。
 クオン達が事を把握できずにいると、ガトー公は3人に椅子をすすめ、話をはじめた。
「先ほどはすまなかった。この男、ザリムは私の配下のものでな、実は信用できる腕のあるものを探していたところなのだ。驚いているようだが、そちたちの名前は先ほどの名簿で確認させてもらっている。謀ったようで申し訳ないが、ザリムに腕を確かめさせてもらった」
 話の要領を得ないクオン達に、質問をさせる隙もなくガトー公は続けた。
「先ほどの事だから、判っているであろう。ナーリ王子がトロル討伐隊に参加すると言って聞かないのだ。私は時期王位継承権のあるナーリ王子には、慎重に行動してもらいたいのだが、こと剣に関しては過信している面があり、止めようとも聞く耳をもたない。王からも進言していただければと私から申し入れたのだが、王も何事も経験することが大事と言う……困ったものだ……しかも、ここだけの話ではあるが、もし、ナーリ王子を亡きものとしようとする輩がいるとしたら、このような機会を逃すはずもない。これがただの心配性の老人の夢想であってくれればありがたいのだが、何かあってからでは遅いのだ。……そこで、そちたちに王子の警護を依頼したいのだ。難しいかもしれないが、王子にはそれとは感づかれることなく警護をしてほしい。もちろん、報酬はトロル討伐隊の報酬の他に、私から謝礼を出そう。どうだろうか?協力してはくれないだろうか?」
 あまりの唐突な申し出に、三人は面くらってしまって考えこんでしまった。
「もちろん、そちたちだけでは何かと不便もあろうから、私との連絡係りを兼ねてザリムも共に警護にあたる。どうだろうか?」
 相手は本当に困っているようで、素性の知れない旅の冒険者に依頼をするということは、藁にもすがる思いに違いない。
 ジェッターもシエーアもクオンの顔を窺う。二人の様子から、決定権はクオンにあるようだった。
「わかりました、ガトー公。私共で良ければ、お力になれるように助力いたします」


Written by Chiha (04.06.10)
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