――この感覚は前にもあった。
遠い昔の事のようにも、昨日のようにも思える。
暗闇から這い出るように、意識の底から引き摺り出されるように……
ジリジリと照りつけている光量を、徐々に瞼に感じはじめる。
「クオン?! クオン!! クッオーンッ!!!」
遠くから聞き覚えのある声がする。
(誰だったっけ?)
返事をしようと思った。
(何故だ? 何故返事をする必要があるんだ?)
瞼が重い。声の主を確認しようにも身動き一つとれない。
声の主が走り寄ってきたようだ。
少し上ずった息遣いが聞こえる。
「クオン……??」
額に、頬に、ひんやりとした柔らかい感触……手のひらが当てられているのだろうか。
声の主が容態を確認しているのだろうか。
(あぁ、母さん? 喉が渇いたよ……体中が痛い。やっぱり無理だったみたいだ。ゴメン。父さんは、父さんは……??)
「……父さん…は?…」
身動きひとつせず仰向けに倒れていたクオンに、いきなり手を両手で握られてシエーアは安堵のため息をつく。
「あぁ、ヨカッタ。クオン、ほら、しっかりして!」
「ん? ……ぁあ……」
うっすらと開いた瞼に写るのは、柔らかい逆光に覗き込むシエーアの顔。
だんだんと錯乱していた意識が1本の線で繋がる。
「……シエーア……。……王子は? 王子!!!」
ふいに起き上がろうとして、体中の痛みに顔をしかめる。
「ほら、無理しない」
シエーアが上体を支えて、クオンを座らせる。
大小さまざまな大きさの石、岩といっても良いぐらいのもの、元は橋だったのであろうか、流木などが散乱している河原には、あちらこちらに数名の人が倒れている。
生きているのであろうか、死んでいるのであろうか、定かではない。
川は少し淀んだ色をしている。
「……近くの人で生きているのは、ボクたちだけだよ。王子は二人とも見つからない」
「そうか……」
シエーアは泥がついて乾いてしまったボサボサの髪に、顔にも汚れがついていた。
それまで気が張っていたからか、クオンが生きていたことで安堵したのであろうか、はらはらとシエーアの頬を涙が伝い、乾いた頬の泥を色濃くした。
「……ジェッターが見つからないんだ……少し下流まで探してみたのだけど……」
クオンはシエーアの頬に手を当て、涙を親指で拭った。
「大丈夫だ。見つからないってことはどこかできっと元気に生きているさ」
クオンはシエーアに支えられながら、足場の悪い石の上にヨロヨロと立ち上がり辺りを見回した。
「ここは……ドコだ?」
「わからない……けど……きっと下流なのは確かだよね」
「そうだな……」
空の高みを川に沿って下流方面に鷹が飛んで行った。
トロルの姿は死体以外には見当たらなかった。命あるトロルは、未曾有の惨事に恐れをなして森へと逃げ込んでいったのだろうか。
どのぐらい時間が経ったのかはわかっていないが、服についた泥は乾いていることと、明らかに雨が降っていた空模様とは違うことから、流された直後ではないと感じる。
「街に戻ろう。街に戻って状況を把握しないと……」
「うん、そうだね。でも、近くに集落があったら寄ってみようよ。何かわかるかもしれない。街までどのぐらいの距離かもわからないし……」
「とりあえず、上流に向かって進むか……」
河原から土手に上がった二人は、重い足取りで見えない街に向かって、川の上流に向かって……歩き出した。