JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





六周目二番



 ジェッターはソウカに覆いかぶさっているナーリを横たえ、呼吸の確認をした。とりあえずは生きている。もしかしたら、そういう呪文がかかっていたのかもしれない。大きな河の橋の上で戦うのだから、万が一落ちた場合に備えたような呪文がかかっていたとしても不思議はない。また、軽く手や足を見た感じでも、明らかな外傷は見当たらなかった。もちろん目に見えないような損傷があるかもしれないが、その場合どちらにしろジェッターに対処の仕様がない。まずは呼吸をしている事を確認しただけで十分だろう。次は傍らにいるソウカの確認。こちらも呼吸外傷ともに問題ない。ひとまず安心した所で気になるのは、ソウカの持っている短剣。それを手に取り、つぶさに観察する。
(これは……あれだよなぁ。きっと)
 三つの鍵の一つ。青の剣『蒼漣龍皇』。実際の形を知っていたわけではないが、その短剣の特徴は鍵のそれであった。だが、話を聞いただけのそれよりも。
(やっぱ似てるねぇ。見た目もそうだが、雰囲気というかなんというか)
 かつて見たもう一つの鍵、赤の剣『紅蓮鳳凰』によく似ていた。かつての仕事仲間、リガロ・セスト−ルが所持していたもの。シエーアと出会うきっかけになったもの。そして、アルウィンが固執し、セストールを殺してまで奪っていったもの。そんな益体もないことを考えていると、目の前に現れる剣。一般的ではない、反りのある片刃の剣。他人事のように自分に突きつけられた剣を眺めつつ、そういえばセストールの奴もこんな剣をよく使っていたなぁ、と先ほどの続きのように心に浮かぶ。
「おはようさん」
「それを返してください」
 いつの間に気が付いたのか――正確に言えば、認識してはいたのだが全く気に留めていなかっただけだが――ソウカが剣を突きつけていた。しっかりと立っており、どこにも異常は見られない。そのことにジェッターはひとまず安心し……青の剣で眼前の剣を払い、対峙する。そのまま無言で切り結ぶ。戦いながら、相手を観察する。構え、体捌き、剣筋、一挙手一投足を。いくらか攻防を繰り返し、一旦距離が離れたところで、ようやく口を開く。
「大事なものなのかい? これ」
「……必要なものよ」
 そう、ソウカにとってそれ自体は決して大事なものではない。ただ、あの男に繋がるかもしれないもの、という程度だ。躍起になって取り返そうとするものでもない。が、簡単に渡せるものでもない。ジェッターは、特にこだわらずに青の剣をソウカの足元に投げ返す。青の剣は鍵の一つではあるが、それを手に入れるために戦ったのではない。ただソウカに、あの反りのある剣で戦ってもらいたかったのだ。ソウカは無言で受け取り、剣を鞘に収め、それからようやく辺りを見回す。
(王子は生きている。計画は失敗ね。……私には関係のないことだけど)
 軽く周りを見回した後、ソウカは上流に向かって歩き出した。辺りに他に人はいないとはいえ、気絶したままのナーリをそのままにしていこうとするソウカを、ジェッターは慌てて呼び止める。
「おおい。ナーリ王子をこのままにしていくのかい?」
「あなたがいれば十分でしょう」
「ああ、いやまぁそうかもしれないけどよ」
 ジェターがいるから行く。ソウカはそういったのだが、誰もいなくても行こうとしただろうと思えるのは気のせいだろうか。一緒にいた時間は短かったが、彼女は何に対しても関心がないように見える。
「そんなせっかちにならなくてもいいだろ? ナーリ王子が起きるまでオレッチの話し相手にでもなってくれよ」
「やることがあるの。あなたの相手をするほど暇じゃない」
「へー。一体なにを?」
「あなたには関係ない」
 そういって、ジェッターに背を向け歩き出すソウカ。その背中に向けてジェッターは、自分の中にある推論を確信へと近づける言葉を投げかける。
「ところで、その短剣によく似た赤い剣を持ってる男を知ってるかい?」
 それはやはり、ソウカにとって大きな意味を持つ言葉のようだ。弾かれた様にこちらに振り向いてきた。
(ああやっぱ、そういうことなんだろうなぁ。多分)
 名前をどこかで聞いたことがあるような気がした。短剣で戦う姿にどこか引っ掛かりを覚えた。鍵たる剣を持って戦う、と言う事象に想起させられた。そして、あの反りのある剣での戦い方。洗練されてはいないし、我流なのであろう、かなり違う動きが入っているが、あの剣筋はジェッターがよく知るものに似ていた。更には、『赤の剣を持つ男』に反応した。
(セストールがたまに話してくれた娘、なんだろうなぁ)
「その男を知っているの?」
「えーとまぁあれだ。セストールから『ジェッター』って言うかっこいい男の話を聞いたことがないかい?」
「……」
 どうだっただろうか。聞いたことがあるような気もするし、ないような気もする。そんな、黙り込むソウカを見て軽くため息をつく――セストールにとっては身内に話すようなことでもないのかソウカが気にも留めていなかったのか、どちらにしろ自分の存在の軽さに対して――。
「オレッチはセストールの仕事仲間だったんだよ。君の話も聞いたことがある」
「そう……」
 ジェッターに対しての態度が軟化したような、違う方向性で硬化したような。
「……」
「……」
 しばしの沈黙。お互いに、何を言ったらいいのか戸惑っている。あるいは単に、なにも話す事はないのか。二人とも心に浮かんでいる事は色々あるだろうが、それはこの相手と共有するものではない。二人はただ、セストールと付き合いが深かった、と言う共通点があるだけで、接点はないのだから。
(どうにもやりにくいなぁ、この娘は)
 シエーアと歳は近いのだろうと思えるが、性格は全く違う。いや、シエーアの話からすれば、ソウカは今、復讐に生きている。思いつめて――思いつめすぎて他の事が考えられなくなっている様子である。あの時のシエーアもそうであったが――こういうときの人間は強い。そして脆い。だからどうも、腫れ物を扱うような感じになってしまう。あるいは精巧すぎる硝子細工を扱うかのような。あるいは怯える獅子の子を宥めるような。扱い方を間違えれば壊れるか牙をむくか。そんな考えになるのはむしろ、ジェッターの方もそうであるからか。リガロ・セストールと言う男の話になれば、赤の剣を巡る出来事が想起されないわけにはいかない。彼女ほどではないだろうがジェッターにとっても、あの出来事は軽々しく口に出来るものではなかった。だが、そうしていたのも数瞬。
「だぁぁぁ! こういう湿っぽい雰囲気はオレッチには合わない!」
 耐え切れずにジェッターが吼える。と、ナーリが軽いうめき声を上げる。そろそろ目覚めそうだ。
「よし。王子も目覚めそうだし。街に行きたいソウカちゃんはいってよし」
「……」
 その言い方は癇に障ったのか、ソウカは少し眉をひそめていた。が、何を言っても仕方がないと思ったのか、いつものとおり無言で歩き出す。その背中に向かってジェッターは、いつもの調子で声をかけた。
「それじゃ、達者でな〜」
(……ああ、思い出した)
 今更ながら、セストールからジェッターの話を聞いた事があると思い出した。そういえば、腕は立つが相当軽薄な感じな男の話をたまに話していたように思う。肩越しにちらりと見る。ジェッターは軽薄そうな笑顔を浮かべ、軽薄そうに手をひらひらと振っていた。

 激しく降っていた雨は更に激しさを増し、叩きつけるものになっていた。正確に言えば、それは先ほどの放たれた『力』により、遥か上空へと噴き上げられた河の水だ。彼女は――白の聖女は先ほどの場所から一歩も動かなかった。そのまま、雨が弱まるまで佇む。暫し後に雨足も弱まり、そして……彼女に近づいてくる複数の人影。
「これはまた、思い切った行動に出たわね」
「……どちら様ですか?」
「どうせ、こっちの正体なんてとっくに調べが付いているのでしょう?」
 見やると、そこには武装した一団がいた。先頭に立っているのは、重厚な鎧に身を包み大剣を帯びている大柄な男。他の男たちとは明らかに違う厳格な気配を身にまとっているこの男がリーダー格だろう。こちらに話しかけてきた女は武装してはいないが、こちらはおそらく魔術師だろう。
「お名前をお聞かせ願えますか?」
「断る。それがどれほどのものでも、貴様に情報を与えるのは得策ではない」
 『白の聖女』『白の手の導き手』と言われるフィアナが恐れられているのは、その強大な力によるものだけではない。むしろその聡明さ、深謀遠慮な知略である。それはあの若さで、権謀術数の吹き荒れる教会において老獪極まる競争相手を押しのけ、あれほどの地位に上り詰めるほどだ。だから男は――クレイトンは、フィアナに少しの情報も与えない方がいいと判断した。
「それにしても、驚いたわね。まさか、『白き手の導き手』が守護者と入れ替わっていたなんて。まぁこちらとしても、守護者よりもあなたの方が目障りだから好都合だけれども」
「あなた達の正体を見極めるために、です。そして、捕らえるために」
「こちらに動きを悟られないために、動いてるのはあなた一人か、いても数人でしょう? それも、今の事態の事後処理で動かしてしまって、今はいないのではないかしら?」
「さてどうでしょう? それに……私一人ではあなた達の相手が出来ないと?」
「見くびらないでもらおう。貴様一人でどうにかなると思うな」
「では、試してみましょうか?」
 その言葉を合図として、フィアナから膨れ上がる殺気と魔力。その気配を感じ取り、身構え戦闘態勢に入るクレイトンたち。張り詰めていく空気の中、フィアナが静かな声をあげる。
「その前に一ついい事を教えてあげましょう。巻物は今、資格者の下にはありません。何者かに奪われました」
「……それを信じろと?」
「信じる信じないは自由ですよ。少なくとも、宿の荷物の中にはなかったでしょう?」
 それはフィアナの言う通りであった。資格者たちは討伐隊に参加し、守護者――実際にはフィアナだったわけだが――も宿を離れていたので一行の荷物を調べたのだが、その中には巻物はなかったのだ。大切なものだからと、誰かが持ち歩いているのだろうと判断したのだが……。クレイトン達は情報の真偽をはかりかねていた。
(これで少しは矛先が乱れてくれればいいのだけれど)
 信じることがないにしても、無視することも出来ないだろう。その分、こちらに向ける目が少しでも弱くなってくれればそれでいい。
「それでは……」
 膨れ上がっていた殺気と魔力が収斂し、細く細く刃のごとく束ねられていく。一帯は息をするのも苦しいほどで、風も、時さえも止まるかと思われるほどの張り詰めた静寂。正に一触即発な瞬間……
「……逃げます」
「なに!?」
 それまで放たれていた殺気を消し去り、にっこりといつもの笑みで。肩透かしを食らい、気をそらされたクレイトンたちの一瞬の隙に、呪文を唱え、煙幕を発生させる。
「くっ」
「逃がすか!」
 フィアナを逃がすまいとクレイトンの部下の数人が駆け出し煙幕に向かう。
「止まれ!」
 クレイトンの制止の声。しかし、その声に止まりきれなかった一人が煙幕の中に入り……断末魔の声を上げる。
「設置型の魔術か。狡猾な女だ」
「やっぱり、こちらの準備を整えないと、まともに戦うことは出来ないみたいね」
「まだ辺りにいるかもしれない、探せ! だが、見つけても手出しはするな!」

 先ほどの丘から少し離れた、ちょっとした林の中。その中に純白の聖衣の姿があった。常には凛としているその姿は今、力を使ったことによる倦怠感が占めているようだった。
(少し……無茶をしたかしらね)
 もとより彼女は、身体が丈夫な方ではない。そのことに加え、彼女の力は強すぎる。故に彼女は、滅多なことでは力を使わないようにしていた。もっとも今ではその地位故に、力を使うことは少なくなっていたのだが。
(タイミングが悪すぎたわね。想定される中でも最も悪いものの一つかしらね)
 あれほどの力を使った後であり、また彼女の配下のものもいなかった。連れて来ていたもの達は、クオンや王子達の様子を見に行かせていたのだ。あのタイミングでさえなければまた違っていただろうに。
「でもそれも、今はその時ではないと言うことでしょう。それもきっと運命(さだめ)」
 悔やんだりはしない。出来事はただ受け止め、情報は歪ませずに受け取る。そこに感情を入れてはいけない。過去は単なる厳然たる事実として受け止めるべき情報でしかない。過去は振り返らず、ただ未来への糧として。そうして、フィアナは歩き出す。彼女の思い描く未来へ進むようにと。


Written by 斎祝 (04.10.15)
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