JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





七周目二番



 滝を登りつめイスティーアの町中に入ったクオンたちは、まずは宿に向かっていた。
「ふあー、それにしても綺麗な町だねぇ」
「そりゃ、《教会》のお膝元、聖都イスティーアって言うくらいだからな」
 家々は整然と並び、その外壁は真新しいかのような白。イスティーアの建築物は全て計算されて配置されている。幾重にも重ねられた正円状の通りとその円の中心に向かう放射線状の大通り。それら全ての道が向かう先。聖都イスティーアの中心に位置するのは《教会》の中枢、聖教府。その更に中心に位置する巨塔。その威容は町のどこからでも見え、町の人々を見守っているかのようでもある。そんな町を眺めながら宿に向かう三人。と、クオンの目がある男に留まる。黒の法衣を着た長身の、金髪碧眼の男。その男はこちらを見ていた。というよりも、近づいてきていた。そちらから視線を動かさないクオンに気づいたのか、シエーアが視線を追い……顔をこわばらせる。
「クオン・ゼアームだな? お前を連れてくるように言われている」
「……ヒアデス」
「久しぶりだな。シエーア・ダーナム」
「ん? 知り合いなのか?」
「うん、ジェッターと会う前に、一時期一緒に冒険していた事があったんだ」
 ヒアデスと呼ばれた男の顔は精悍であり、厳しく引き締められている。全体として威厳があり、神父として信者を教え諭す事に長けていそうである。この男の言う事ならば問答無用で説得されそうだった。だがしかし、威厳がありすぎて威圧感を感じるというのは、神官としては問題があるのではないのだろうかと思われた。
「お前が今度の資格者か。現在は巻物を失っている、が二度目は予言文、か。さて、今はどうなのだろうな」
 クオンを見て、一人なにかを思案するかのような事を言う。どうやら、巻物についてよく知っているようだった。だが、何か返事を期待するでもなく、ついてこい、と歩き出す。それについていく三人。
「ん? 『二度目は予言文』ってどういう意味なんだ?」
「ボクにもよくわからないけど、巻物に現れる文には行動を指示する文と未来を予言する文があるみたいなんだよ」
「……あの、巻物について詳しい事を教えてもらえないでしょうか?」
 と、クオンがヒアデスに話しかける。『いつか世界に災いがあって、標の巻物と三つの鍵に導かれた者がそれに立ち向かう』という予言があって、あの巻物がその標で、自分は勇者に選ばれた。そのくらいしか知識はなかった。
「ふむ。私の考えでよければ、歩きながら聞かせよう」
「お願いします。その、予言文や指示文というのは?」
「まず……あの巻物は何だと思う?」
「何って……預言を成就する勇者を導くものじゃないの?」
「では、巻物に選ばれた資格者とはなんだ?」
「……勇者になる人」
 ヒアデスとの問答はどうしてか詰問されているような気分になり、萎縮するシエーア。そんなシエーアをみて、ジェッターは笑いをこらえていた。
「……なにさ」
「いやなんか、教師に怒られている生徒みたいでさ」
「……話についていけなそうな生徒は黙ってて」
 そんな二人を横目に、クオンは真剣に話を聞いていた。
「俺もそういうものだと思ってますけど。違うのですか?」
「預言とは必ず成就するべきものだろう? でなければただの戯言だ。あの預言書が真に預言書であるならば、誰が何をしようとも、そして誰も何もしなくても成就するはずだ。だが、預言を成就するために、導くための巻物が存在する」
「つまり、預言書ではない、と?」
「そんなの、経過がどうであれ成就されれば一緒じゃないか」
「それは正しい。だがあの巻物にはそういう意思がある。持つものを従わせるように、ほんの少し心を傾かせる程度だとは言えな」
 出来のいい生徒二人を前に教師の弁も良く回る。ただ一人、出来の悪い生徒は考える事をやめ、聞き役に徹していた。
「選ばれた資格者があの巻物を開けば、そこに文が現れる。それには予言文と指示文の二種類がある。これはお前も知っているな? クオン・ゼアーム。巻物は勇者を導くものだ。指示文とは文字通り、勇者となるべく歩むべき道を指示するもの。予言文とは、道を示すまでもなく正しく歩んでいるという事なのだろう。予言文が多ければそれだけ自然に勇者となるべき道を選べているという事であり、指示文が多ければその逆だ。指示文がばかりであったならば、勇者の器ではないということなのだろう。アルウィンのように」
 最後の言葉に反応し、シエーアが顔を曇らせる。それも気になったが、今は話を聞く方が大事だと思われた。
「器、ですか」
「そう、器だ。そもそも資格者とは、勇者となる可能性のあるもののことだ。その可能性の大小はともかく、災いに立ち向かう勇者になりうる者に巻物は道を指し示す。そして、そのものの運命(さだめ)を勇者となるべく道に向かわせる。資格者が通るかもしれなかった道を閉ざし、捻じ曲げ、勇者を仕立て上げる。……あの巻物は、そういった呪いなのだよ」
「そんな、呪いなんて……」
「可能性を潰す呪いだ。資格者が他の可能性に行くのを阻止し、勇者と成らせる為のな。つまりあの巻物は、勇者の人生を贄にして災いに立ち向かわせる者を仕立て上げるための装置なのだよ」
「……」
 『世界を救う勇者を導く巻物』と思っていたものを『呪い』といわれ沈むシエーア。ジェッターもわずかに顔をしかめている。だがクオンはまだ冷静だった。
「でも、あの巻物には強制力はない。その点はどうなんですか?」
「その通りだ。その為に、資格者は複数いる。そのうちの一人でも勇者になればいい。巻物に従わないものも、成れずに死ぬものもいる。そうやって、次々と資格者を使い捨て、勇者となれるものを待つ。もっとも……中には勇者となる意思はあっても巻物に見限られるものも居るがな」
 その言葉は、シエーアにとっては刃物にも等しいものだった。ジェッターはそれに気づきシエーアを宥めようとする。だがそれよりも早くシエーアはヒアデスに飛び掛らんばかりの勢いで ―実際に飛び掛るのは間一髪ジェッターが止めたが― 捲くし立てていた。
「そういうあんたは、巻物より早くに兄さんを見捨てたんじゃないか! 巻物を持っているからって兄さんに近づいておいて! もしかしたらあんたがいれば兄さんだってあんなことは……」
「勘違いするな。シエーア・ダーナム」
 声を荒らげるシエーアの言葉を途中でさえぎるヒアデス。シエーアの怒声に対して、今までと変わらない声なのだが、威圧感を持ち朗々と語るその口調は他者の声に勝る。
「一番最初にアルウィン・ダーナムを見限ったのはお前だ」
「――え?」
「お前は私に話してくれた事があったな? 兄と旅している夢をよくみる、と。だがある時、その夢を見なくなり、変わりに知らない誰かと旅をしている夢を見るようになると言ったな」
 兄とは別の人、つまりクオンと。
「それは……」
「お前は巻物よりも正しく、勇者を見つけているのではないか? シエーア・ダーナム」
 その言葉で完全に沈黙するシエーア。クオンもジェッターも言葉はない。
「着いたぞ」
 前を見ると、そこは門。見上げるほどの高さのあるそれは、この建築物群の正門にふさわしく威風堂々として荘厳であり、それでいて全てを受け入れてくれそうな柔らかさを持っているようだった。この先が《教会》の中心、聖教府。

 白の聖女との遭遇から一日。宿の一室で話し合う ―話し合っているのは薄絹をまとった魔術師然とした女と体格がよく実直そうな、鎧を着込めば如何にも騎士といった風の男の二人だけだが― 一行の人数は5人となっていた。
「さて、どうしたものかしらね」
「資格者達を見失い、白の聖女には逃げられた。その上、巻物は資格者の下にはないかもしれない。白の聖女が言っただけで真偽は定かではないけれど……巻物探索に人員を裂かなければならなくなったわね」
「白の聖女の思惑通りに、か」
 水と風を冠する二人が揃って渋面になる。守護者を殺せず、巻物を奪えず、白の聖女の思惑通りに動く嵌めになっている。何もかも、自分達の意に沿ったものにはなっていない。 
「どちらにしろ、一旦戻る必要があるだろう。今の人数では満足な行動も取れないだろうからな」
「そうね。あなたは戻って報告と人員の補充をお願い」
 予想していなかった言葉にクレイトンは女の方を向いた。白の聖女に数名の部下を殺された今、分かれて行動するような人員も居ないはずである。
「ふむ、お前はどうするつもりだ? セレンティア」
「ちょっといいものを見つけたの。何も成果がなかったのだから、お土産はあったほうがいいでしょう?」
 水のセレンティアはそう言ってくすりと、童女のような無垢な微笑みを浮かべた。だがクレイトンは、その微笑みの下にあるものが無垢とは真逆のものである事を知っていた。

 ソウカは宛がわれた部屋を引き払い ―もっとも、私物など有ってないような物なのだが― 城を出た。暫く離れた後に振り返り、城を見上げ息を吐く。
(ふぅ……慣れない事はすると疲れるわね)
 しかし、これでやっと自分を装うことから開放される。そもそも、こんなところで足止めされるつもりは全くなかった。復讐以外の事に時間を割く余裕などないはずだった。それがどうしてこんな事になっているかというと。河に流されたソウカが町に戻ったところ、町中が騒然としていた。一体何があったのか、討伐隊はどうなったのか、王子は無事か、下流の町は大丈夫か、助けにいかなくていいのか、と。そのごたごたに巻き込まれているうちに……あの軽薄そうな男に捕まった。そして王子を『押し付けられた』。王子と親しくしていると面倒に巻き込まれると思ったのだろう、ジェッターは王子をソウカに任せ、自分は早々にどこかへと消えた。王子も王子で、何故かソウカの事が気に入ったらしく ―あの戦いの中で近くに居た事や、同年代である事などが原因だろうか?― 傍に居て助けになって欲しいなどと言われたのだ。そんなことにかかずらうつもりなど毛頭なかったソウカは無視して去り、宿に戻ったのだが。次の日、王子の傍で戦っており、流された時も王子の傍にいたということで話を聞きたいと、城に招かれた。その時にはソウカの方から王子に、暫くの間なら、と申し出た。それから数日、王子に親身になりその支えとなった。そして今日、旅に出ると告げられた王子は残念そうではあったが、旅が無事終わるようにと送り出してくれた。そして助けになれば、と贈り物をしてくれた。
(これで、旅もしやすくなってくれればいいけど)
 ソウカは、懐から金属のプレートを取り出した。それには王家の紋が刻まれ、特別な魔法がかけられていた。これが見せれば、色々と融通も利くだろう。もっとも、自分みたいな人間が持っていればいらぬ嫌疑をかけられるだけかもしれないが。
「お城での生活は楽しかったかい?」
 いつのまにかソウカの背後に忍び寄ってきた男 ―特徴がなく、人ごみに紛れやすそうな男がそう語りかけてきた。相手が誰かはわかっている。正確に言えば、どこに所属している者なのか、だが。
「別に、望んでやっていた事ではない。暫く待てといわれたついでよ」
 そう、この数日間ソウカが王子の傍にいる事を決めた直接の原因はそれだ。暫く待てばあんたにいいようにしてやる、と言われたのだ。だからこそ、ソウカは待つついでにと王子の相手などしていたのだ。路銀も心許ないので、宿代わりにと。あとは礼として幾ばくかの金をもらえれば恩の字。と思っていたのだが……予想以上の収穫ではあった。王子がお人好しか、あるいはただの馬鹿だったのだろう。素性の知れない人間を簡単に信用するものではない。
「数日待っただけの見返りはあるのでしょうね」
「さぁな。俺は上に言われた事をするだけさ。ま、ついてきな」
 そういって歩き出す男の後をソウカは付いていき、雑踏の中に消えていった。

 治療には数日を要した。本当なら、ある程度の金を払って回復魔術をかけてもらい、さっさとこの町を出て行きたいところだったのだが。トロルとの戦闘やその後の大津波の所為で回復魔術の使えるものは駆り出されていたのだ。魔術を使えるものは決して多くない。よって、なかなか回復魔術の使えるものを捕まえられなかったのだ。《ギルド》に金を払い融通の利く魔術師を捕まえ、普段よりも多めに金を払い、やっと回復した時には数日が経っていた。その間は、ソウカの様子を観察していたのだが、何故か城内に篭っていたので手を出せるようなものではなかった。いつ城から出るか判らないソウカを待つのは危険かもしれなかった。実際には何も出来なかったが、王子暗殺の件があるから余りこの町には居たくなかったのだ。碧の剣かもしれない、珍しい剣の情報は聞いたのだ。そちらに行く方がいいだろうと思われた。
 そして今、《ギルド》の手配した渡し船に乗り、対岸に着いた。
「さて、色々と世話になったな。顔役にはよろしく言っておいてくれ」
 そういって、船を操っていた男 ―《鼠》の方を向く。だが、《鼠》はにやにやとしているだけで何も言わなかった。そんな様子を訝しがりつつも、エルフィスはヤーゴに向けて歩き出した。と、前方をさえぎる影が一つ。薄翠色の旅装、腰には二振りの剣。歳は16かそこらの少女。その目は仇でも見つけたような ―否、正しく不倶戴天の仇を見つけたのだろう。少女を見て一瞬あっけにとられるエルフィスだったが、直ぐに状況を察して《鼠》を睨む。《鼠》は依然、ニヤニヤとした笑いを浮かべていた。舌打ちし、少女 ―ソウカに対峙する。

「やっと会えた、アルウィン。……仇をとらせてもらう。彼の、そして……私自身の仇を!」
「ふん、ご苦労なこったな。だが……俺も会いたかったぜぇ」
 ソウカに、ではなく青の剣に。わざわざ向こうから出向いてくれるとは好都合だった。
(万が一逃げられたりしたら厄介か)
 そう思い、『紅蓮鳳凰』を抜き放ち、地面に刺す。
「いいだろう。この殺し合いに付き合ってやる。だがその前に、お前も剣を出せ。この赤の剣はあいつの形見みたいなものだからお前も欲しいだろう? 俺は、お前が持っている青の剣が欲しい。この剣は勝者への賞品だ」
 ソウカにとって青の剣には特に思い入れはない。エルフィスの言葉に従い、青の剣を地面に突き刺す。あとはもう、何も語る事がない。恨みの言葉も呪う言葉も意味はない。エルフィスにとっては、この状況は単に青の剣が手に入ればいいだけ。ソウカにとっては単に仇を殺せればいいだけ。相手に語る言葉などない。あるのはただ殺意のみ。
 徐々に近づいていき、エルフィスは剣を抜く。と、その隙を突きソウカが走り、抜刀とともに斬りかかる。彼女の持つ、片刃の剣での居合い斬り。後ろに下がり避ける、が服を斬られてしまう。ソウカの居合いの、その予想外の鋭さに驚く。そのまま流れるような連続攻撃を加えてくるのを避けつづける。その間隙を縫い、スローイング・ダガーを投げつける。それを弾く為に剣を引いた隙に距離をとり剣を抜き放つ。
「ほう。いや、驚いたぜ。これほどやるとは思わなかったよ。強くなったじゃないか、ヒヨっ子ソウカちゃんよ」
 ソウカはそんな言葉にも全く反応しない。エルフィスを目の前にして、他には何も見えていない。そしてそんな余裕はない。精神的にも肉体的にも。自分の実力がエルフィスに及ばない事などはわかっているのだ。実力以上が出せなければ勝てる可能性は低い。だから願う。今この瞬間だけでも、と。神経を研ぎ澄ませ、エルフィスに肉薄する。斬り、払い、薙ぎ、受け、突き、避ける。幾度となく打ち合う二人。必死なソウカに対し、エルフィスにはまだ余裕が見える。キィン、と一際大きく剣を打ち合い、一旦離れる二人。深い傷はないけれども、ソウカの身体にはいくつも傷が出来ている。だが一方、エルフィスは ――無傷。ソウカの剣はただの一度もエルフィスには届いていなかった。せいぜいが、その服を斬るにとどまっていた。
「なかなかのもんじゃないか。それじゃあ、次のステップだ!」
 今度はエルフィスから駆け寄る。先ほどまでとは違い、荒々しく攻撃的な剣。今までのはちょっとした遊びだったのだろう。今度の打ち合いではソウカに攻撃する余裕はなく、防戦一方になる。増えていく傷。そして。
「……あああぁっぁぁ!」
 再び離れる二人。ソウカの左肩が深く抉られている。
「ふん。まぁこんなところか」
 キッ、とエルフィスを睨む。実力で敵わない相手を殺すならば覚悟がいる。何ものも省みずに、ただエルフィスを殺す事だけを考える。力を振り絞り駆ける。今までで一番鋭い踏み込み。その勢いのまま刺突。対するエルフィスも、それに向かい突きを放つ。
(……っ避けない!? 特攻かよ!)
 防御を考えずに全てを攻撃に賭けた捨て身の特攻。ただ偏に相手を殺す事だけを考えて。
 二人の体が激突する。ソウカの一撃はエルフィスの腋の下辺りに傷を残し、エルフィスの剣は……ソウカの胸を貫いていた。
「……く……ぁ……」
「捨て身とは恐れ入ったぜ。だがな。来る可能性を考えておけば対処もできるんだぞ? ……あばよ、ソウカ。今度はしっかり死んでこい」
 剣を握ったままソウカを蹴り飛ばす。ソウカの身体は河に落ち流れていく。エルフィスはそちらに一瞥すら向けることなく、赤と、そして青の剣に向かう。殺し合いの終わったその場にパチパチパチ、と乾いた拍手が響き渡った。そちらの方をねめつける。
「いやぁ、いいものを見せてもらったぞ、エルフィス」
「何がいいものだ。ふざけたまねしやがって」
 木陰に隠れて一部始終を見ていたのだろうギルドの顔役がそこにはいた。悪戯が成功したようなにやけた顔である。
「まぁ許せ。暗殺があんな形で終わったって言うのに、情報を与え足も用意し、変化の腕輪までくれてやっているんだからな」
「ちっ。あんたのその性格、いつか絶対に最悪の結果で返ってくるぞ」
「そうか? 俺にはお前が喜んでいるように見えるんだがなぁ?」
 確かに、言葉は荒く顔も剣呑であるように見える。が、うちからにじみ出る喜びを隠し切れていない。
「喜んでいる? くっくっく。はぁっはっはっはぁ。ああ! 感謝しているさ! おかげで一旦は諦めようとした『蒼漣龍皇』が手に入った! 『紅蓮鳳凰』と『標の巻物』も俺の手の内だ! その上、巻物も新しい文を見せてくるようになった! これが喜ばずにいられるか!」
 興奮いしているエルフィスに、肩を竦めて顔を合わせる顔役と《鼠》。エルフィスが何を言っているのかはよくわかっていないのだろう。
「ま、色々と世話になったな。あんたには良くしてもらっている。近くに寄ったときはまた顔を出させてもらうよ」
「ああ、俺はお前を買っているからな。気が向いたら、うちの幹部の席にでも座ってくれよ」
 それには特に返答を返さずに、ヤーゴに向けて出発する。巻物を手に入れ、三つの鍵のうち二つまで手に入れた。そして、巻物は新たな文を自分に― 一度は資格を失った自分に示しだした。全てはエルフィスの、アルウィン・ダーナムの望む方向性に動いていた。

 その一部始終を、セレンティアは見ていた。クレイトンと分かれた後、三つの鍵の一つである青の剣『蒼漣龍皇』を持つ少女を見張っていたのだ。だがこの数日、少女は城で王子の傍におり手が出せなかったのだ。そして今日、城を出て旅に出ると思われたので、機を窺っていたのだ。そして……今の状況がある。
「ふふ、ふふふふふふ」
 笑いがこみ上げてくる。巻物を手に入れられず、守護者 ―あるいは白の聖女― を殺せず、その代わりとして青の剣を手に入れようと考えてたのだが。全く予想もしていなかったものを見つけてしまった。青の剣と赤の剣、そして……もう一人の資格者。あの資格者、クオンは教会の手の内にあるようなものだ。今からこちらに取り込むのは難しいかもしれない。だが、この男なら。多少の狡猾さはあるようだが、策略はこちらの得意分野である。上手くこちらの思い通りに動かしてやればいい。そう思い、男の前にでる。
「なんだ、お前は?」
「話をしに来たのよ。きっと、あなたにとっても面白い話。資格者たるあなたに」
 『資格者』という言葉に、その男 ―エルフィスの目に警戒の色が浮かぶ。この女は巻物と、そして鍵たる剣の事を知っているのだろう、と。
「私達と手を組みましょう。教会と敵対する私達ともう一人の資格者のあなた。……あの資格者ではなく、あなたが予言を成就するというのはどうかしら?」
「ほう。面白い。話を聞こうか」
 にやりと、エルフィスは笑みを浮かべた。その下に警戒を隠して。

「ティオレ〜。お土産〜」
 そんな事を言ってきた旅の道連れの方を向く。こちらにに近づいてくるその女性。炎のように明るい赤の髪、エメラルドのごとき瞳、そして全身は赤を基調とした服装。自分よりいくらかは年上で背の高い彼女はマリエル・クローネ。赤い彼女に対してこちらは黒。黒髪黒瞳に漆黒の法衣。《教会》に殉ずる『黒の聖女』ティオレ・グローライト。二人はあの酒場での一件以来、一緒に行動している。正確に言えば、マリエルがティオレに付いてきている、だが。今はまだ強硬に拒む理由もないため、なんとなく一緒に旅をしている。二人は、河の傍でキャンプを張っていた。マリエルには水を汲みに行ってもらっていたのだ。彼女は魔術師であるので、そういうことに便利な呪文も知っていたからだ。彼女は今、汲んできた水の入った袋とその『お土産』を魔術で浮かせて帰ってきた所だ。それはいい。また、彼女と一緒に行動していて、たまにあったのだが……彼女はそういった珍妙なものを持ってくることがあった。目に付いた珍しい物をとりあえず持ってきている感がある。だから、お土産といって奇妙な物を持ってくることも幾度かあった。それもまぁ……よしとしよう。だがしかし、この『お土産』は幾らなんでもどうかと思う。
「水汲みご苦労様です、エル。ですが、犯罪行為に手を染めるのは感心しません」
「失礼ねぇ。悪いことなんてしてないわよ。むしろこれは、善行よ?」
 まぁ、犯罪行為などとは軽い冗談だが。だがしかし、この『お土産』とやらをそこらで拾ってきたというのだろうか? そんなにほいほいと拾えるようなものではない。というか、ほいほい落ちていられては困るのだが。
「多分、上流から流れてきたんだと思うわ。放って置く訳にもいかないから、ね」
 その『お土産』の方を見る。確かにずぶぬれだ。このままにしておくわけにもいかないので、近づき様子を見る。とりあえず、ぱっと見でどこにも異常はないようだった。
「怪我はないようですね」
「見つけたときは呼吸をしてなかったから、死体かと思ったけどね」
 とりあえずはこの『お土産』 ―黒髪の少女の服を脱がし、身体を温めるべきだろう。だがその前に。少女の右手に握り締められている物を取ろうと手をかける。が、気を失っているというのに、簡単に取れないほど握り締めている。
「ああそれ、しっかり握ってて取るのに苦労しそうよ。ま、気を失ってもそれだけ強く握り締めているなんて、よっぽど悔しい事でもあったんじゃない?」
 指を一本一本はずしていき、彼女が握り締めていた反りのある片刃の剣をとる。続いて彼女の着ている薄翠の服 ―びりびりに切り裂かれているように見えるが、こういう服なのだろうか?― を脱がしにかかる。と、その前に。
「……連れてくるだけ連れてきて、あとは何もしないのですか、エル」
「ほら、そういうのってクレリックの仕事じゃない?」
「つまり、もしこれが死体だったとしても私一人にやらせるつもりだったのですね」
「あははー、よくわかったわね」


Written by 斎祝 (05.02.21)
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