JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





七周目三番



 扉を開けて目に入ったモノは、壁も床も天井すらも赤い部屋と噎せ返るほどの血の匂い、足元に転がる彼の首。そして、焼き鏝を押しつけられたような熱さと急激に失われる体温、堕ちゆく意識。最後に。目に焼き付いたのは、赤く半透明な剣を持った男。

 目を開ける。寝覚めは最悪だった。寝床は寝汗で濡れそぼっていて、心も身体も休まった気にならない。もっとも、あの日から3日と空けずに見る悪夢だ。目覚めの不快さにはもう慣れた――この心の痛みには慣れる事はないとしても。
 心の痛み――いや、これは肉体的な苦痛だ。胸の真ん中で苦痛が脈動している。
「……っく……」
 絞り出すように息を吐いて、体を起こす。眠る――意識を失う前に何があったのかを思い出す。あの日とは違った。勝負にはなっていたはずだ。だが、結果はあの日と同じだった。アルウィンの剣は正確に彼女の心臓を貫いていた……。
 心臓を貫かれたのは、あのとき以来、つまり、これが二度目だ。あのときもこんな激痛があっただろうか。目を覚まして脈拍が上昇したことによって、いちどは切り裂かれた心臓に負荷がかかって激痛をもたらすのだろうが――。
 体を起こした彼女の肩から、何かがすべり落ちた。寝具の掛け布だろうと納得し、それから、異常に気づく。
 彼女はどうしたのだったか。アルウィンとの対決に敗れ、川に叩き落とされたことまでは覚えている。それで、ここはどこだ? 川岸に打ち上げられたのか? だとしたら、何故布などがかけられているのだ? いや、体の下にも布が敷かれている。誰かに助けられた? 視線を自分の体に向けて、ソウカは凍りついた。
(……!?)
 一瞬の自失の後、反射的に両腕で体を抱く。
(な、な、なんで……!?)
 上半身で、自分の肌に触れているのは自分の肌だけだ。
 吹き抜けた風が背中を撫でて、思わず身震いする。
「……っははははははははっ!!」
 笑い声が聞こえた。
 反射的に顔を上げる。
 朝のおだやかな日差しの中で腹を抱えて笑っているのは、燃え立つ炎みたいな色の髪をした、どちらかというと大柄な女性だった。
「……っ!!」
 何がおかしいのだ、とか、そんなような意味のことを云おうとして一瞬言葉に詰まった彼女の後ろで、さくり、と、落葉を踏む足音が聞こえた。
「目が覚めたようですね」
 穏やかな声が云った。

「いや、笑って悪かったわよ」
 云いながらも、その表情には笑いの残滓がまだ色濃く残っている。しかも片手は腹を抱えたままとあっては、謝罪に誠意が感じられないのは仕方のないところだろう。
 黒髪の少女は振り返りもせずに、ずたずたになってしまった服をなんとか身にまとおうと頑張っていた。
「エルもこう云っていることですし、許してやってくれませんか?」
「べつに許すとか許さないとかじゃない。あなたたちに用はない。それだけよ」
 ようやくなんとか服を服らしく身につけた少女が、顔をそむけたままで答えた。その頬がわずかに赤いようにも見えるが、指摘したらまた怒らせてしまいそうだ、と思ってなんとかこらえる。
「助けてくれたことには感謝するけれど……あいにく、お礼ができるような持ち合わせもないの」
「べつに礼など求めはしません」
 まっすぐに見つめたまま云うティオレの口調には、例によってなんの感情も感じられない。その端正な横顔を、昨夜拾った少女と見比べる。どちらも黒い髪と黒い瞳をもち、どちらも無感情な口調で喋るが、まるで似ていない。少女の言葉が無愛想なのは、意識してそうしているような不自然さを帯びていた。いや、自分が笑いすぎたせいなのかもしれない、ということは、マリエルには充分に想像できていたのだが。
「でも、名前ぐらいは教えてくれたっていいじゃない」
 木にもたれて座り込んだ姿勢のまま、黙々と身支度をする少女に声をかける。少女は返答しない。革のベルトを締め、風変わりな片刃の剣を吊る。拾ってきたとき、彼女が後生大事に握り締めていた剣。その剣の鞘とは別の、もっと短い剣を収めるためのものと思われる、からっぽの鞘が、そのベルトにはくくりつけられている。
「わたしはマリエル・クローネ。エルでいいわ。で、そこの黒いのが――」
「黒いの、ですか」
「黒いじゃない」
「黒いですけど」
 からかうようなエルの口調と、それに異を唱えながら相変わらず感情の片鱗も感じられないティオレ。その会話の調子に違和感を感じたのか、少女の視線がこちらを向く。それを逃さず、マリエルはばちりと大げさなウィンクを飛ばした。慌てたように、少女がまた視線をそらす。その頬がまた少し赤くなってるのを見て、こみ上げてきた新たな笑いの発作を、必死でマリエルは押し殺した。
「わたしはティオレ・グローライト。教会に仕えるクラリックです」
 その口調は無感情だが、あくまでも穏やかだ。
 少女は、手を止めて、ティオレのほうに視線を向けた。一瞬だけ、マリエルのほうを盗み見るようにしてから。
「ソウカ」
「ソウカさんですね」
 軽くうなずいて、ティオレが応じる。
「……ソウカ……?」
 次の一言は、わずかに不審げな調子を帯びた。
「何か?」
「……」
 聞き返す少女には答えずに、ティオレは視線をわずかに動かした。その腰に吊った特徴的な反りのある剣に。
「……何?」
 その視線に気づいたのか、少女の左手が剣の鞘にかかる。
「……そうですか。あなたが」
「!?」
「――って、知ってるの? ティオレ?」
 ソウカと見つめあったまま、ティオレが軽くうなずく。
「直接は知りません。ですが、教会が注目していた人物の関係者として、名を聞いたことがあります」
「人物……?」
 すっ、と、少女の目が細められる。
「……名前が同じだけで、別人ってことは?」
「試してみましょう」
 マリエルの問いに答えるように、しかし振り向くこともせずに、表情も声の調子も変えずにティオレが口にしたその台詞に、一瞬マリエルが――そしておそらくはソウカも――困惑したその瞬間、風もないのにティオレの漆黒のマントがふわり、と浮いた。
「!?」
 鞘を握ったソウカの左手に力が入る。ひるがえったマントの内側から何が抜かれたのかを確かめる前に、左手の親指が見慣れない剣の、見慣れない形をした鍔にかかる。
 跳ね上がったティオレの左手に握られているのが何なのかは、ソウカには、おそらく、見えていなかっただろう。それでも、その左手の動きに応じて大きく体をさばく。その足元で落葉がこすれあって音を立てた。
 大きく右方向に全身を回転させつつ、ソウカの上体がティオレの左手に握られたクロスボウの射線を外す、と同時に、身をかがめて一回転しざま、横薙ぎの斬撃がほとばしった。
 右下――ソウカ本人からすれば左下から横薙ぎに鞘走った刃を、大きく上体を反らしてティオレがかわす。一回転して一瞬背を向けたにもかかわらず、その一撃の狙いは正確だった。棒立ちだったら、その一撃でティオレの首は胴体から切り離されていただろう。ティオレの無表情には、その瞬間も変化はない。
 ティオレの右手が跳ね上がる。その手にしたクロスボウがまっすぐに少女の眉間に線を引いたのは半瞬。だが、その半瞬は、ティオレの技量ならば決着をつけるのに充分な時間だ。ティオレはボルトを放たず、ソウカは上体を沈めざま、拝み打ちの一刀をティオレの頭上に叩きつけた。
 ――マリエルの目と脳ではとても追いきれない一瞬の攻防だった。振り下ろされたソウカの二の太刀をかわした体勢のまま、ティオレの左手のクロスボウが少女のこめかみにつきつけられていた。振り切った姿勢のまま、ソウカも凍りついたように動きを止めている。
 ふたりのすさまじい足さばきに舞い上がった落葉が、ゆっくりと、ふたたび地面に降りてゆくのが見えた。
「お見事です。剣の腕はまだまだだという報告でしたが、これほどとは。――あなたの流派を知らなければ、避けきれなかったかもしれません」
「……私を試したの?」
「お気に障ったなら御容赦ください。ですが、こうするのが一番早そうだと考えましたので」
 ティオレの口調には、相変わらず、いっさいの感情というものが感じられない。その表情にも。
 一瞬の静寂を置いて、また、ティオレのマントが風をはらんだようにひるがえった。それに応じるように、ソウカが立ち上がり、素早く剣を鞘に収める。
「……彼に……教会が注目していた、と?」
 こくり、と、ティオレがうなずく。その両手にはもう、何も握られてはいない。
「もともとはかれの持っていた剣に、ですが」
「剣……あいつが持っていった、あの、赤い剣?」
 こくり、と、ティオレがうなずく。
「あいつを知っているの?」
「直接には知りません。あなたのことも、セストールのことも、セストールの剣を奪った者のことも。報告に聞いているだけです」
「……そう……」
 ソウカは息をついた。
「助けてくれたことは感謝する。それじゃ」
「って、どこへ行くのさ」
 呼び止めたのは、ティオレではなく、まだだらけた姿勢で座ったままのマリエルだった。
「あいつを――彼の、そして私自身の仇を倒す」
「だから、その、あいつとやらは、どこにいるの?」
「あと一息まで追い詰めたのだけれど……でも、また探すだけよ」
「で、あんたは今、自分がどこにいるのか、わかってるの?」
 マリエルのその言葉に、背を向けて、歩き出しかけていたソウカの足が止まった。
「私の目的はあなたとは異なります。けれど、私が追っているものと、あなたの仇が目指しているものは、たぶん、根は同じです」
 静かなティオレの声に、少女が振り返る。
 まっすぐに、黒い瞳と黒い瞳が向かい合う。
「御一緒しませんか?」
「……私の、と云ったわね?」
「ええ。彼女の事情はわかりませんけれど。でも、当面は同じ方向に向かっているみたいです」
 ソウカに振り向かれたマリエルは、とりあえず、うんうん、と、うなずいてみせた。
「どうでしょう、ソウカ?」
「……あなたたち――あなたは、どこへ向かっているの?」
「そうですね……」
 一瞬、言葉を選ぶように、ティオレは言葉を切った。
「聖都イスティーア」
「そこに、あいつも向かうという根拠は?」
「かれが目指すものが具体的に何であるかは、わたしにはわかりません。ですが、それに教会が、それも教会の中枢がかかわっていることだけは確かです」
「何故そう云い切れるの?」
「教会がセストールの剣に注目した理由と、あなたの仇がそうした理由とは、同じ根に発しているから」
「……それだけ?」
「それで充分ではありませんか? もちろん、最悪、あなたの仇がイスティーアには現われない可能性はあります。ですが、目的が根を同じくしている以上は、イスティーアで得られ得る知識は、あなたを仇のもとへ導き得るとは思えませんか?」
「……」
 再度、ソウカはまっすぐにティオレの黒い瞳を覗き込んだ。
 無表情な瞳。だが、それだけに、彼女の言葉は少なくとも事実であるように、ソウカには、思えた。
「……イスティーアまで一緒に行くとは云わないけれど、当面は同行させてもらうわ」
「そうしましょう。よろしくお願いします、ソウカ」
「……よろしく」
「よろしくねー、ソウカちゃん」
 笑いを含んだその声には、少女は応えなかった。

(まぁ、わたしが何者かがわからない以上、わたしが聞いてりゃ、回りくどい云い方になるわよねぇ……)
 ティオレの無表情は相変わらずだが、ソウカの無表情は、半ば意識的なものに見える。並んで歩く二人の無表情を盗み見ながら、マリエルは、そんなことを思っていた。
(わたしがいなければ、関係者同士でもっと直接的な話ができたのかもしれないけど……)
 でも、その場合はティオレがソウカを見つけたかどうかも疑問だし、見つけていたとしても同行を申し出たかどうかも怪しいものだ、とも思う。
「……そういえば、マリエル?」
「エルでいいってば。なに? ソウカちゃん?」
「私も「ちゃん」はいらない」
「ん、わかった。で、なに? ソウカちゃん?」
「……で、マリエル?」
「……」
「何故笑ったの?」
「……あらら、まだ怒ってるの?」
「そうじゃない。っていうか、そもそも怒ってたわけじゃ……」
 横目で、隣を歩くマリエルを見る。伸長差があるから、自然と見上げる形になる。エメラルド色にきらめく瞳と目があって、反射的に目をそらす。
「ない、と思う……」
「だから、悪かったわよ」
「だから、別に怒ってるわけじゃない……」
「フム?」
 大げさに身をかがめて、ソウカの顔を覗き込む。逃げるように、少女は上体をそらした。
「――何がおかしかったの?」
「……あなたの表情がくるくる変わるのが面白かったのよ。それだけ」
 さっと、ソウカの頬が染まった。
「そうそう、そのカオよそのカオ」
「……」
「って、だから! 落ち着いて! 剣から手を離して! ね? ソウカちゃん?」
「ちゃんは余計よ、マリエル」
「何をやってるんですか、あなたたちは……」
 ティオレの声はため息まじりだった。


Written by DRR (05.03.10)
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