JOL 的 リレー小説


タイトル未定



 現在進行中のリレー小説はこちらからどうぞ。(直リンは何故かはじかれる模様)





九周目一番



 その教会はひっそりと隠れるように建っていた。森の奥深く、踏み入れる者も殆どいないような場所に教会はあった。しかし、打ち捨てられた建物という感じはない。が、人が住んでいるという気配もない。ティオレ達はその教会の中に入っていった。
「ここが?」
「はい。ここに《鏡》があります」
「こんな辺鄙なところにねぇ。それに、管理してる人もいなそうだし。よく変なものが住み着かないわね?」
 教会の中には誰もいない。埃の積もり具合からして、ここ最近訪れる者もいなかったのだろう。だが、埃をかぶっているというだけで、建物や調度品が痛んでいる様子もない。普通ならば、世話をする者が誰もいなくなれば痛んでいくものなのだが。
「ふむ。保護のための魔術はかけられてるみたいね」
「それと、人避けのための結界も」
「結界? それらしい物は何もなかったと思うけど」
「それは、私がここに何があるかを知っていて、意識していたから。そしてあなたたちは、その私についてきたからです」
「……」
 ティオレのその言葉を聞いても、ソウカは合点がいかない様子だった。ソウカの思い浮かべる結界というものと、ティオレの言っているものは思想が違うもののようだった。
「ソウカちゃんが思い浮かべてる結界というのは、境界を通るものを弾き返すようなものでしょう」
「……違うの?」
「んっふっふー。判ってないわねぇ、ソウカちゃん。それじゃ、そこに何かがありますよー、と宣伝してるようなものじゃない。それだと人に興味を持たれて、強力な結界でもいつか破られるかもしれない。だから、本当に大事な物はどこにもなくしてしまえばいいのよ」
「なくす?」
「そう、なくすの。知られたくない人の意識からね。認識されなければ存在せず、存在しなければ何もされる事がない。ここはそういう結界なのよ」
「つまり、無意識下に働きかけ、ここに近寄らせないようにするということです。誰もここに訪れなければ、教会がある事を知られずに済みます」
「ということ。納得できた?」
「……多分。でもそれは、そんなに強力なの? ここにあるのはとても貴重な物なのでしょう?」
「こういう形式の結界は難しいのよねぇ。弱すぎれば簡単に見つかっちゃうし、強すぎると違和感を感じられて気付かれるし」
「詳しくは私も知りませんが……単純に1つの結界だけで守護しているのではないということです。それに」
 ティオレは長椅子の列を抜け説教台に立った。そこで祈りを捧げる。それは単なる祈りではなく、聖職者としての力が篭っているものであるようであった。そうしていると、がごん、と何か重いものが外れたような音がした。
「《鏡》は地下にあります。気付かれないようにする、という意味では、これも結界といえるかもしれませんね」
ティオレの立つ場所から数歩下がった辺りの床に穴が開き、下へと続く階段が現れていた。そこを降りていく。長い間誰も踏み入れていないであろうそこは、空気が澱んでいた。階段を降りた先にあった部屋は、質素ではあるが優美な地上部とは違い、ただ形を整えただけであった。薄暗く空気の巡りの悪いそこはまるで、魔術師達の研究室。地上部たる教会は、それに蓋をするかのようでもあった。そして部屋にはぽつんと、大きな鏡が1つ。その鏡は複雑な文様で縁取られ、置かれている床にも文様が―魔方陣が描かれていた。
「ふーん、なるほど。どうしてこんな辺鄙なところに有るのかと思ったけど。鏡だけが特殊なんじゃなくて、場も特殊だったのね」
「そうなの?」
「多分ね。鏡は他の次元と繋がりやすいから、触媒として使っているだけなのかな? ふむふむ、へぇ」
 魔術師であるマリエルは興味深そうに《鏡》を眺めている。ソウカは難しい魔術の事はわからないので《鏡》には興味がないようであるが……むしろマリエルの事を興味深そうに眺めていた。
(……ただの変人かと思ってたけど、魔術師らしいところもあるのね)
「それぐらいにして下さい、エル。あなた達をここに連れてきているのは特例なのですから」
 そう言いつつ、鏡の傍に立ち、再び祈りを捧げるティオレ。力ある祈りによって《鏡》を起動させる。魔方陣と鏡が淡く光り始める。
「では鏡の中へ。瞬間的に移動すると平衡感覚が狂うかもしれませんから、注意してください」
「どう注意しろって言うのよ……」
 そして、ティオレが鏡の中へと消えていった。続いてソウカ。最後にマリエル。が直ぐには入らず、一度ぐるりと部屋と《鏡》を見回した。その場を自らに刻むかの様にしてから、二人に続いた。

「教会を抜けると、そこは雪国でした……」
 マリエルの口から思わず、有名な古典の一説をもじったそんな言葉が出てきていた。それ程驚きの事態ではあった。《鏡》を抜けた3人が扉を開けると、外は一面の銀世界。目的地であるヤーゴは、雪の振る地域ではなかったはずである。
「行き先間違った?」
「いえ、そのような事はないと思いますが……」
 あのティオレでさえも予想外の事態に呆然としているようではあった。とはいえ、顔は相変わらずの無表情であったが。ソウカはというと、マリエルの方を見ていた。
「ん? 何ソウカちゃん? 私に見惚れた?」
「暫く見たくないくらいよ。……解説好きが原因を言ってくれないかと思って」
「判らないわよ、こんな事。私だって何でも知ってるわけじゃないんだから」
「……肝心な時に使えない」
「んん? 何か言ったかな、この口が。この口が!」
「いひゃっ。ひゃにゃたひゃらへをひゃふとはひひどひょうふぇ」
「ふっふっふ、ひーひのひがいってほのをおひへてあげるふぁ」
 お互いの頬を抓りあうソウカとマリエル。両頬を抓っているマリエルに対して、ソウカは片腕を伸ばして何とか抓っている程度。対格差は歴然だった。
「何をしてるんですか、本当に……」

「終わりましたか?」
 肩で息をしている2人に話しかける。2人とも、頬が赤くなっている。暫くの間頬を抓合っていたのだ。その間ティオレは静かに待っていた。二人は出会ってからずっとこんな調子で、すっかり慣れてしまっていたのだ。
「ふふ、いい勝負だったわね」
「……あなたといると、精神年齢が下がりそうだわ」
 壮絶な―あるいは幼稚な―戦いを終えた2人は、いい勝負を演じた好敵手に対する不敵な笑顔を浮かべ……る様なこともなく。マリエルは悪戯が終わった後のような顔を、ソウカは自分を恥じるかのような顔だった。
「さてと。それで、これからどうするの? 雪が積もってるなんて想像もしていなかったから、装備もなにもないわよ」
「一旦戻りますか?」
「あー、あの森を往復するのは、遠慮願いたいわね……」
 マリエルがゲンナリしたように答える。体力のないマリエルにとって、あの森はきつい道程だった。
「とは言っても、この服では寒さが答えると思うけど?」
「そこはやっぱり、私の魔術で」
「……激しく不安ね」
「大丈夫よ」
 小さい声で「多分」と付け加える。炎の魔術は不安定で、微調整が難しい。丁度いい具合にすることは、相当な術者でもなかなか出来ないのだ。
「そうですね。ヤーゴはここからそれほど離れているわけでもありませんし、エルの魔術で暖を取りながら向かいましょう。……不安ですが」
「ま、あんまり期待しないでね。危なくないように弱めにしておくから、気休め程度だと思って」
 そうして、雪の振る寒空の下、景色に似合わぬ服装をした3人は、町へと向かって歩き出した。

 そこは、ヤーゴの町に入って直ぐにある、ごくごく普通の宿屋。突然の気候変化により、積もるほどの雪が降っているこの町は今、用がなければ人々は家に篭り、静寂に閉ざされていた。この宿屋も例外ではない。いや、なかったのだが。バン、と玄関の戸が勢いよく開かれ、1人の女性が駆け込んできた。彼女は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、暖炉へと。
「……さーむーいー」
「……軟弱者」
 彼女に続いて、もう2人の女性―少女?―が入ってきた。最初の1人とは違い、この2人は落ち着いている。ように見える。
「寒いものは寒いのー。ソウカちゃんだって、震えてるじゃない」
「自制が足らないといっているの」
「異常気象でね。いつもなら、風は強くても気温自体はそれほど下がらないんだがね」
 宿屋の主人がそんな3人に話しかける。滅多に客が来ない今、貴重な金づる―もとい、お客様なのだろう。普段よりも愛想良くしていた。
「旅人さんかい? そんな格好でよくもまぁ。きちんと暖まってくれよ。おーい、温かい飲み物でも持ってきてくれー。それと毛布かなんかもなー」
「まさかこの様な状況とは思ってもいなかったものですから。何も用意してこなかったのは失敗でした」
「とりあえず、防寒具買いましょう。衣料品店はどこですか?」
「そこの道を暫く行って……あー、地図を書こう」
 主人が地図を書いてる間に、恰幅のいい女性―多分、妻だろう―が温かい飲み物と毛布を持ってきてくれた。大丈夫です、とティオレは断っていたが、他の2人は毛布に包まるようにした。
「まぁまぁこんな時にようこそいらっしゃい。ちゃんと暖まって、身体を壊さないようにね」
「ほら、地図が出来たぞ。ああ、その格好でまた外に行くのもつらいだろうから、お前のコートでも貸してやれよ、俺のじゃ大き過ぎるだろうからな」
「はいはい。持ってきますよ」
 人使いの荒い主人に苦笑しつつ、妻が自分のコートを取りに奥に引っ込む。暫くして、コートを手に持って帰ってくる。
「1着だけですまないね。おしゃれをするって歳でもないから、これしかなくてね」
「いえ、ありがとうございます」
「行くのは1人だけかぁ。この寒いのに外に出たくはない、けど……」
 連れの2人を見る。ティオレに頼むと、実用一辺倒で見た目の事なんか気にしないだろう。ソウカも、程度の差こそあれその傾向があるように思える。つまり、この2人に買ってきてもらう服は、見た目に不安がある。緊急のものとはいえ、変てこなものを着たくはない。まぁ、この借り物のコートも見た目を気にしているようには見えないが。
「はぁ、私が行ってくるわ」
「嫌なら行かなければいいでしょう?」
「んー、それはそれで、ね。暖まった事だし、行ってくるわ」

 雪の町を歩く。寒いのは嫌いだが、雪は嫌いではない。とはいえ、寒いのが嫌だと思う気持ちの方が大きい。こう寒いと、衝動的に辺りに火球を撃ちたくなる。やっぱり自分には炎が性に合っているなぁ、などと思いながら、マリエルは1人歩いていた。そんなマリエルに、男が近づいてくる。ティオレのとよく似た、漆黒の法衣を着た男が。
「おや、お久しぶりです。エル」
「……よくわかったわね。姿は変わってるってのに」
「いやいや、滲み出る雰囲気で判りますよ。何より赤いですし。まぁ、服装は今は赤くないですが」
「臨時的なものよ。今違うのを買いに行くところ。私は赤が好きなのよ、黒いの」
「黒いですか。もっと黒い人を見ているでしょうに」
「あんたは中身が黒いのよ。あの子は綺麗よ。純粋だもの」
「あっはっは、手厳しいなぁ。私も純粋ですよ?」
「混じりけのない黒という意味では純粋ね」
 旧知の仲のように話す2人。だがそれは、友人というには互いを警戒しているようではあった。
「それで? 何のよう?」
「ふむ。調子はどうですか?」
「概ね順調よ。そっちは?」
「こちらもまぁ、似た様なものです。色々準備はしていますが、上手くいってくれるといいなぁ、というところです」
「そう。まぁ、私は今あんたには用事がないから」
「つれないですねぇ」
「こんな寒いところで長話したくないのよ」
「まぁ、見かけたから話しかけただけですよ。久しぶりに挨拶を、と思っただけです」
 そんな数語を交わしただけですれ違う2人。立ち止まっていたのはほんの少しの間。そして、それぞれがそれぞれの目的に向かってまた歩き出した。


斎祝 (05.05.10)
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